JICA海外協力隊の世界日記

微笑みの国から

アプサラ舞踊家

ユン・バンナさんは、アプサラ舞踊家です。ポルポト時代を生きぬいた数少ない舞踊家です。随伴の妻とは、2006年、カンボジア・日本人材開発センター(CJCC)でアプサラ舞踊のワークショップが開かれたときに出会いました。それ以降、カンボジアに来る機会があるごとに、先生のお宅にお邪魔してレッスンを受けています。

ある日、先生は何かを察したのか、若いときの写真と自伝を持って、アパートに来られました。ポルポト時代を生き抜いた自分を知って欲しかったかもしれません。

先生の自伝から一部抜粋します。

「私たち家族は、ポルポト政権によってバッタンバン県のある地区に送られました。ポルポト政府は私に過酷な労働を強いました。男性がするような仕事をさせました。今でも覚えています。ある日、私は大きな堤防を造る仕事をさせられました。その高さ10メートルもある堤防から落ち、足と腰に大きな怪我をしました。4ヶ月間動くことができませんでした。その時でさせ、ポルポト兵士は私にわらを編ませる仕事をさせました。この時の痛みは今でもあります。人生には苦しみはあります。しかし、この時の苦しみはつらすぎました。ポルポト政権は多くの国民の身体を傷つけ、殺しました。それでも生き残りました。私もその一人です。希望の持てない時期はありましたが、神様は私たちを救ってくれました。ポルポト政権は消滅し、新しい政治が始まりました。

3年8ヶ月20日の暗黒の時代が終わり、1979年1月7日、私は再び踊りを取り戻しました。生き残った高齢の先生と私は、何もない状態から舞踊の再構築を始めました。衣服も材料も食料さえない中から芸術を取り戻す作業を始めました。私たちの生活は貧しかった。でも愛がありました。大変でしたが、少しずつ光が差し始めました。記憶を呼び起こし、ようやく踊りを取り戻すことができました。これは私のためでなく世界の人々のためでもあるのです。このような行為は、徳や倫理の教育です。世界の平和文化の構築に貢献するのです」。

今、多くの若いカンボジア人たちがアプサラ舞踊を習っています。ユン・バンナさんは、生き残った6人の舞踊家の一人です。その6人のうち4人はすでに亡くなり、ユン・バンナさん一人がカンボジアに暮らしています。彼女の貢献なくしてアプサラ舞踊の再復興はありませんでした。一人の人間の力の偉大さに心を打たれます。

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