全身サモア(慶野隊員は帰国しました。)

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慶野 結香
(神奈川県/秋田県)

タイプ/職種
青年海外協力隊
学芸員
派遣国
大洋州
サモア 首都アピア
一言メッセージ
2016-3次隊として、2017年1月末から太平洋の真ん中に浮かぶサモア独立国にある国立博物館(Museum of Samoa)へ学芸員として派遣されています。

 

任国外旅行のはなし

2019.01.14

私たち協力隊員は、年間20日の任国外旅行ができることになっています。もちろん自分で計画を立て、自費で旅行に行くのですが、20日間まるまる使う隊員もいれば、全く任国の外にはでないで二年間の活動を全うする人など様々です。ただ行ける国は任国のまわりが中心になっており、自由に色々なところへ行けるわけではありません。

この任国外旅行の制度を利用して、私も去る11月中旬に任国外旅行をしてきました。行き先は、ニュージーランド、トンガ(トンガタプ島)、オーストラリア(シドニー、ブリスベン)!今回の旅一番の目的は、クイーンズランド州立美術館で開幕する「アジア・パシフィック・トリエンナーレ(APT9)」のオープニングに行き、パシフィックのアーティストたちと話をしたり、作品を見ること。そしてブリスベンに至るまでの中継地では、サモア国立博物館での活動を通して知り合った研究者やアーティストたちに会い、近況報告をし合うことでした。

APTは3年に一度行われる現代美術の展覧会であり、定期的に開催されることで、アジアとオセアニアにまたがるオーストラリアの地からアーティストたちの試みを定点観測しようという趣旨の大きな展覧会です。オープニング時期には、全世界からこれらの地域のアートに関わる人々がブリスベンに集ってきます。

サモアがあるパシフィックの地域における「アート」は、生活民具や踊りなども含んだ広義の概念であり、この展覧会でも、編み物を中心とする女性たちの手仕事に焦点を当てたプロジェクト(パプア・ニューギニアの様々な島のクラフトや、キリバスのマット)やオーストラリアに暮らすパシフィックのコミュニティに属する人々による踊りなど多彩なプログラムが用意されていました。

実際足を運んでみると、アジアとパシフィックの人々のコミュニティは少し分断されているように感じましたが、展示自体は地域の別に関係なく展開されており、ゆるやかに作品同士のテーマが呼応しあって空間が続いていくのが印象的でした。

ブリスベンに至る前には、ニュージーランドのオークランドとウェリントンで、オークランド博物館とテ・パパ(ニュージーランド国立博物館)の展示を見たり、そこで働く友人・知人たちに、収蔵庫や彼らのプロジェクトを見せてもらったりしました。オークランド博物館の"PCAP: Pacific Community Access Project"という、コミュニティの人々の助けを借りながら博物館収蔵品の情報を更新してカタログに掲載していくプロジェクトルームでは、次週からはじまるサモアに関する収蔵品の準備を見せていただき、19世紀末に集められた素敵な民具の数々に心を躍らせると同時に、とても勉強になりました。

上の写真は、トンガの首都ヌクアロファにて。同期として、駒ヶ根訓練所で研修を受けた隊員に街を案内してもらうと共に、トンガで国立博物館のプロジェクトに関わっている現地の職員の方にも再会することができました!彼女とは、昨年2月にフィジーで開催された、国際博物館会議(ICOM ICTOP)やコモンウェルスの博物館協会、フィジー博物館他の主催によるワークショップで出会いました。ヌクアロファには、日本の援助で建てられたカルチャー・センターがあり、部分的に国立博物館のような展示スペースがあったらしいのですが、現在はそのセンターがうまく機能していません。しかしトンガ政府は、国立博物館をどこかに再建しようとしており、彼女が一人でそのリバイバル・プロジェクトを担っています。。博物館のために収集しているものも色々と見せていただき、プロジェクトがうまく行くといいなと思ったのでした。

ヌクアロファでは、現代美術のアーティストの活動も盛んで、彼らが運営するスタジオにもお邪魔することができ、作品の構想や独自にオープンさせたギャラリーのことなど興味深い活動を知ることができました。サモアでももっと、作家たちのコレクティブの活動が盛んになるといいなぁと思ったり。

仕事がらみの再会だけでなく、ブリスベンではサモアで最初にホームステイをさせてもらった一家のSelauおばさん(日本風の名前にするとお百さんか百恵おばさん。家族でブリスベンに住んでいる)のお宅を訪ねることができました。やはりサモアのディナーはフライドチキンということで、この日はケンタッキー!久しぶりに食べるととても美味しかったです。

私がホームステイをしていた時、百恵おばさんは里帰りをしており、Selauと私はベッドが隣で、色々とサモアの生活文化を教えてくれた縁なのですが(実際連絡をとっていたのは、なぜか私のSNSをフォローしてくれた百恵さんの娘、Danira。彼女と頻繁にメッセージのやり取りをしていたことから再会につながった。ありがとう、なぜか日本が大好きなDanira)教えてもらっていた携帯電話の番号を変えたらしく、連絡がつかなくなっていたホームステイファミリーの近況を彼女たちから知ることができました。実は私をホームステイで受け入れてくれた家族は、アメリカでずっと生活をしていたため、村長をしているお父さんとおじさん一人を残し、みんなアメリカのユタ州に戻っていた…

百恵おばさんとブリスベンで再会できたことがきっかけとなって、私は年明けにサモア生活のトレーニングとしてホームステイをした村に約二年ぶりに帰ることになるのですが、その話はまた追い追い…

グローバルにディアスポラし世界に広がりながらも、家族やコミュニティのつながりを大切にして生きているサモア(とトンガ)の方々のおかげで、色々な人たちに会い、様々なお話をすることができました。一人でただ博物館や美術館を観光するのも楽しいけれど、なんだか濃くて、嬉しい楽しい旅行になりました。