JICA海外協力隊の世界日記

ブラジル日系社会からの通信

通信1号:広大な農園が広がるブラジルから

みなさん、こんにちは!

JICAの日系社会シニアボランテイアとして2019月から2年間ブラジルで活動することになりました。

写真は、空港に到着前の飛行機からの写真で地平線まで広大な農園が広がっています!

このJICA海外協力隊の世界日記をとおし、ここブラジルの様子、日系社会、配属先COPASULなどについてみなさんへ伝えていきたいと思います。

簡単な自己紹介ですが、

氏名:松村繁満、派遣先:南マットグロッソ州農業協同組合(COPASUL)、

指導科目:品質管理・生産性向上、活動期間:2019年1月~2021年1月

今まで同じ指導科目でエクアドル、コスタリカで各々2年間活動してきました。今回は3回目のブラジルでの活動です。

日本人がここブラジルの地へ最初に移民したのが1908年(明治41年)、昨年で110周年がたちました。移民した人々は、ブラジルのあちこちで農業を始めるべく、広大な森の木を切り倒し、土地を耕し農園に変えていきました。 今ではその農園が一面に広がる世界の穀倉地帯となっています。この日本の先人たちの仕事がどれほど大変だったのか? ここに住んでおられる日系2世、3世の人々に会うたびに聞いています。機械や道具などほとんどなく、毎日毎日、人の力で作業を続けたそうです。今では想像できないほど大変な仕事だったと思います。

私の住む南マット・グロッソ州は日本の広さにほぼ相当します。この、ポルトガル語マット・グロッソ (Mato Grosso)は「深い森」を意味する言葉で、日本からの移民者たちがこの深い森を耕し、農園へ変え、今は日系3,4世の人やブラジルの人たちが農園で、大豆、とうもろこし、キャッサバ、綿花、サトウキビなど栽培し、また牛の牧場がひろがっています。

私が活動するナビライ市の入り口には、市のシンボルのトゥ-カン鳥(TOUCAN)のモニュメントがあります。写真は配属先のカウンターパートと一緒に記念撮影。

赴任してまもなく、私の配属先COPASULに綿花や大豆を納入している農園レカント (Recanto)を職場の人が案内してくれました。上の写真は、地平線まで広がる綿花農園です。花から綿花に変わり今収穫が始まっていました。

この農園の広さに感動したものです!!

通信1号では、日本からの移民の先人たちが深い森や林を切り開き、今は広大な農園になっている風景に、ただただ感動した状況をお伝えしました。

次号からは日系社会の人々、配属先COPASULなどの活動状況などについてもレポートしていきます。

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