みんなあのねのセネガル便り(西村隊員は帰国しました。)

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西村 綾介
(神奈川県)

ボランティア/職種
青年海外協力隊
青少年活動
派遣国
アフリカ
セネガル サンルイ州サンルイ市
一言メッセージ
ボクでなきゃ!キミでなきゃ!たわむことのできるしなやかな軸をもって、子どもたちの笑顔のために力を合わせて頑張ります。

 

みんなあのね、「いまも笑っていますか?」

2017.07.24

その他 帰国後発信 活動

セネガルを離れてもうすぐ1か月が経つ。

会いたいなぁ、セネガルに帰りたいなぁなんて思うことも。

しかし、いまは知的な発達の緩やかな子どもたちに囲まれ、

もちろん日本でも毎日、充実した日々を楽しく過ごしている。

手紙を書きたいなぁと思っても、

住所を持たないセネガル人に手紙を書いても届かない。

ところが、手紙は届かないけれど声は聴くことができる。

私がセネガルでお世話になった人の中には

スマートフォンを持っている人もいて、

そのような人たちはたいてい

FacebookなどのSNSを使用しているため、

SNSを利用して電話をすることができる。

でも、子どもたち、特にタリベたちの様子を知ることはできないし、

それにスマートフォンを持っているのは少数だ。

仮に持っていたとしても電波が悪かったり、

通信料金が払えていなかったり、

結局なかなか連絡は取れない。

私はセネガルに派遣される前、

大学生のときに1年間休学してウズベキスタンの片田舎で、

地域の子どもたちの放課後支援をしていたことがある。

そのときの子どもたちとは、途切れ途切れになりながらも

手紙のやりとりが続いている。

セネガルで出会った私の大好きな子どもたちにも手紙を書いて、

感謝の気持ちや日本のこと、たくさんのことを伝え、

会話をしたいなぁと思う。

でも、私がかかわった子どもたちの中で文字をかける子は、少数だ。

タリベはフランス語を学ぶ機会はほとんどないし、

現地の言葉はアルファベットなどの文字を持たない言語であったし、

活動先の一つであるゲンダール地区は、

成人の識字率が5~10パーセントほどであった。

子どもたちはいつも元気で、

なにがあれば拍手がわき、誰かがリズムを取り始めたと思えば、

みんなでその場で踊り始める。

セネガルに西洋音楽が入ってきたのも最近のことで、

太鼓のリズムがセネガルの音楽だ。

一見すると激しいリズムだけのようにも感じていたが、

その激しさの中に強弱があり、心躍るリズムがある。

サンルイの中でも生活環境が悪いゲンダール地区での活動。

この地区の女性と子どもの家でのアトリエのあとは

いつも子どもたちと共に屋上へ。

大西洋を背景に、出来上がった作品と写真を撮るのがお決まりだった。

写真を撮った後は、そこでいつも踊ったものだ。

ダンスなんてできないし恥ずかしかった私も、

子どもたちに背中を押されて輪に入って踊っていた。

私がステップを踏めば、子どもたちはゲラゲラ笑っていた。

魚市場や魚の水揚げ場、加工場があり、

周辺は下水道が整備されていない地域で、

ゴミの流れつく河口に位置していることもあり、

いつもそこは、臭かった。

いま、その臭さも懐かしく思い出し、

また子どもたちと踊りたいなぁと思う。

活動を一緒にしてくれる先生やスタッフが活動先にいるけれど、

「今日は行けなくなったからよろしく」と

その日になって連絡が来ることがたくさんあった。

シテニャフ幼稚園でも、孤児院でもあったけれど、

特にゲンダール地区ではそれが多かった。

理由を尋ねると、「家族が亡くなった」ということが度々あった。

家族ではなく、親戚、友人、ということもあったけれど、

日本にいるときよりも断然に多かった。

様々なデータがあり、一概には言い切れないけれど、

栄養不足とされる人は人口の20パーセント、

5人に1人は栄養不足というデータがある。

5歳児未満の低体重児の割合も20パーセント、

1125ドル以下で暮らしている人は30パーセントほどになる、

というデータもある。

125ドルは、セネガルのお金で1000FCFAほど。

このお金があればご飯は食べることができるが、

その日暮らしで、貯金することは難しい。

体調を崩しても病院にかかるお金はなく、

薬も買えないという家庭も多い。

1年目に定期的に活動に行っていた

サンルイ州立総合病院の小児科病棟。

私は、活動で出会った子どもの旅立ちを見送ったこともある。

元気いっぱい、すてきな笑顔を見せてくれる子どもたち。

笑顔の裏には、大変なこともたくさんあるのだと知った。

そのような子どもたちの笑顔に救われた私は、

だからこそ、彼らに笑っていてほしいと思って、

子どもらしくいてほしいと思って、

2年間活動を続けてきた。

いま、写真の中で笑っている子どもたちが、

家族や友人に囲まれて穏やかに暮らしていることを祈る。