2017/08/15 Tue
帰国後発信 生活
みんなあのね、「雨の降る日に」
日本は夏真っ盛り。
今年もお盆がやってきた。
セネガルの気候は熱帯乾燥気候で、
季節は7月から9月の雨季と10月から6月までの乾季に分かれる。
雨季が始まるとともに蚊やコバエも一気に増えた。
雨季は高温多湿となり、毎日「暑いなぁ」と口にしていたものだ。
気象情報を見て、40度を超えるとわかっても、
「そんなものか」となにも思わなくなっていた。
乾季には,ハルマッタンと呼ばれる
サハラ砂漠の砂塵を含む季節風が吹く。
リンゲール、カフリン、タンバクンダなどの内陸部の気温は
私の住んでいたサンルイなどの沿岸部よりはるかに高く
50℃に達することもしばしばある。
雨が降ると、町が掃除されるようで、
景色がきれいになっていった。
空もきれいな青空が広がり、
雨上がりには何本もの虹を見ることができた。
虹を見るその度に、きれいだなぁと小さく呟き、
あしたも頑張ろうと自分自身を励ましていた。
川は、上流の泥水を運んできて、茶色く濁り、
水位が高くなることも覚えている。
道端では、「クレム」と呼ばれる氷菓子が売られる。
25FCFA、日本円にして5円ほどで売られるクレムは、
ビサップ(ハイビスカス)やバオバブの実で味がつけられていて、
子どもも大人も大好きである。
小さなビニール袋に入れられて売られていて、
袋の端を歯でちぎるようにして穴をあけ、
そこから吸うようにして食べるのである。
雨季と乾季の2つの季節のセネガル。
そのようなセネガルに住みながら、
いろいろなことで季節の移り変わりを楽しんでいた。
市場に並ぶ野菜やその値段の変化、
空の色や朝日の昇る時刻。
蚊やハエなど虫や小動物の量などである。
私の住んでいたサンルイは、
セネガル川の河口に位置し、大西洋に面した町だった。
川の河口には小さな中州が点在し、まるで小さな島々に見えた。
今の季節、水辺を歩けば、たくさんのカニに出会うことができた。
夜になれば、カニの歩く音がカシャカシャと響き、
すこし怖い気分になるほどである。
刃が大きく、私は捕まえるのに躊躇してしまうのだけれど、
子どもたちは挟まれることなく、上手にカニを捕まえていた。
現地の言葉では「コチ(コチュ)」と言う。
グーチョキパーの歌をシテニャフ幼稚園で歌ったときには、
左手はチョキで♪右手もチョキで♪
コチコチコチ♪コチコチコチ♪
と日本語と現地の言葉を混ぜて歌っていた。
雨が降れば、なにもしない。
それがセネガルである。
朝、雨が降れば、大人は仕事には行かないのだ。
もちろん、子どもは学校や幼稚園に行かないのである。
雨漏りをする場所にバケツを置いたらやることは終わり。
雨が止むまでのんびり過ごすのである。
日本の梅雨のようにしとしと雨が降り続くのではなく、
まとまった雨が短時間の間に降るのだ。
雨が降れば、家の中には水たまりができ、
町は冠水している。
水たまりがあちらこちらに、というレベルではない。
膝下まで雨水が、ということもあった。
特に、都市部では、排水機能がおいつかずに、
冠水した状態が数日続くこともしばしば。
雨が上がり、太陽が顔を出すころ、
少しずつ人々が町に出てくる。
少しの雨のときは、さらさらの砂が固まり歩きやすくなる。
子どもたちは道端でサッカーを始めていた。
女性は部屋の掃除や洗濯をはじめ、
男性は文句を言いながら仕事の支度を始める。
時間によっては、昼寝を始めるのだ。
私はというと、
雨漏りした部屋を掃除し、ベランダや外の廊下の水かきをして、
活動先の同僚に電話で連絡をしてシゴトへ向かった。
首都ダカールの年間降水量は、350mmほど。
雨季の始まり、その季節の最初の雨が降ると、
セネガルの人たちは拍手をして喜んでいた。
いま、日本の雨を見てセネガルの雨季を懐かしく思い出している。
SHARE