サバーイサバーイlaos日記(大竹隊員は帰国しました)

RSS

大竹 恵実
栃木県

タイプ/職種
青年海外協力隊
助産師
派遣国
アジア
ラオス ヴィエンチャン市特別市
一言メッセージ
看護師3年、助産師5年の経験の後、青年海外協力隊としてラオスにやってきました。日本の医療との違いに衝撃の連続でしたが、ラオスの良いところに目を向け、“助産”というものを見直す良いきっかけとなっています。

 

帰国後、私たちは日本人に戻れるのか。

2019.08.09

生活

サイバイディ―。(こんにちは。)

帰国して、はや一か月が経過しました。

今回は、帰国後、どんな生活?どんな風に過ごしているの?と気になる方もいると思うので、帰国後の元隊員生活~日本人になれるか?!~といったテーマで記事を書きたいと思います(^^)/

帰国直後にJICAで行われた研修で教えてもらったのが、「帰国後ゴールデン期」という時期。

帰国後ゴールデン期とは、“日本で何をやっても楽しい。何を食べてもおいしい。きれい。快適!”そう思い、日本の良さを帰国後改めて実感する時期。

写真は、東京で同じ二本松訓練所の生活班だった河野隊員(左・ベトナム・空手)佐々木隊員(右・フィリピン・家畜飼育)。

2年間会わなかったけど、なんだかブランクを感じさせない時間でした。
私に比べたら、二人ともだいぶフレッシュで職種もバラバラで。だけど、こうやって二年間それぞれの任地で過ごした時間を共有できることは新鮮で不思議で面白かったです。カフェで間違えてメニューがきても動じず、そのまま飲むっていうのに違和感がないのは、さすが協力隊あがり。

また、楽しみの一つが食べ物。
内陸国だったラオスでは、川魚しか食べられず、生の魚は寄生虫などの危険があるため、避けていました。
なので、海の幸を思う存分堪能できる日本の素晴らしさを再実感。
また、個人的に納豆が好きなので、納豆も食べられるのも幸せです。

また、結婚して地元に帰り、出産した親友のところを訪問。
地元のお祭りに一緒にさせてもらったり、親友家族と一緒に団欒したり。

ラオスに居た時には「日本の祭りってどんなの?」と聞かれて、うーん。となんとなく、盆踊りを踊ってみたこともありましたが(笑)
あんまり、現地のラオス人は、しっくりきていなかったです。笑

そんな経験から、日本の祭りだよと、任地のラオスの人に青森県弘前市の「ねぷた祭り」の写真を送ったり、文化を紹介したりしました。

やりたいこと・会いたい人・食べたいものをこの帰国後にでき、充実した時間を過ごしています。まさに「帰国後ゴールデン期」なのだと思います。

「帰国後ゴールデン期」のお話をしましたが、そのあとに来るのが、「帰国後ショック期」。これは、“あぁ、任地での生活はよかったなぁ。あぁ、任地の人たちは、あったかくてよかったなぁ。なんで日本人はこんなにカリカリしているんだろう…”と、任地ロスといいますか、日本社会を目の当たりにして、昔の生活をなつかしみ、帰りたい…という心理になるそうです。

ゴールデン期の私も時々、「プチ帰国ショック」もあります。たとえば、朝のラッシュ時に駅の改札でスイカがでずにモタモタしていると、後ろにいたサラリーマンにちっと舌打ちをされる。(しかも2人。)また、すごい勢いでぶつかられて、謝られない。そして、レストランの注文がやたら複雑。(ソースを選べ、飲み物を選べ、セットメニューはこちら…)。と申し訳ないくらいにどれもしょぼめの内容ですが、なにか違和感を感じずにはいられず、これが、帰国ショック・帰国ギャップ?というものなのかなと感じています。

この「帰国後ゴールデン期」と「帰国後ショック期」に関しては時期や乗り越え方も人それぞれですが、必ず訪れるものであると教えてもらいました。まず帰国後にこのような気持ちの変化が起こるということを「知っている」と「知らない」では対処も全く違ってくると思います。

そして、冒頭で述べた、「日本人に戻れるのか?」との問いには、いまのところは、個人的には「戻れる」(ラオス語で言うと、ダイダイ!!!)。

なぜなら、いろんな形の日本人が居ていいのだと協力隊生活を終えた今は思うからです。

恐らく、出国前の2年前の私と今の私は違うでしょう。

でも、それはそれで私なのです。

そしてまぎれもない日本人なのです。

読んでいただき、ありがとうございました(^^)/

また、帰国後編もちょこちょこ記事書かせていただけたらと思います。