興味は命の賜物

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土棟 亜也子
(北海道)

ボランティア/職種
青年海外協力隊
青少年活動
派遣国
中東・欧州
エジプト、カイロ
一言メッセージ
成長も行動も、興味を味方に加速します。初めての街、初めての文化、初めての景色。関心深い出会いを綴っていきます。

 

教育現場

2017.12.28

活動

東京都のレポートでは、

2015年、東京の人口は約1,350万人、

年齢層の構成では、15歳以下が約11%、65歳以上は約20%。

子供の数は年々減少傾向にある。

一方、World Bank の数値で2017年のカイロの人口は約950万人。

2017 World Population Review の統計数値によると、

15歳未満は約3分の1の36%を占め、65歳以上は、なんと約3%。

25歳以下の人口比率は全体の約75%を占めるそうで、

年齢層が非常に若い都市、に該当する。

さらに、直近数年、人口は毎年約100万人ずつ増え続けている。

驚くことに、この15歳未満の年齢構成比、

2016年CIA Worldの数値によると、

エジプト全体でみても33%と、カイロの都市人口比率とほぼ変わらない。

同CIA Worldの数値で15歳以下の年齢比率の内訳をみると、

0-4歳、5-9歳、10-14歳、ほぼ3等分ながらも0-4歳の比率が少々高い。

0-4歳、つまり、就学前指導の対象になる子供たちだ。

住居街の路地を注意して歩くと、

就学前の乳幼児(0-4歳)を対象とする施設が点在していることに気づく。

学校ビルではなく、アパートを活用し、各個室を教室とするのだ。

設立の容易さや、家からの近さを重視しているようで、

数10名程度から100名程度の乳幼児を対象とする。

就学前教育を担当する指導者には、若い女性も多い。

自分の子供を連れてきて指導にあたる姿、

1歳未満の子供を抱きかかえて指導にあたる姿

目にすることもしばしばだ。

学校ビルでは、幼稚園、小学校、中学校、単設も勿論あるけれど、

幼小、小中、幼小中を併設する学校を頻繁に目にする。

特に関心深いのは、モガンマと呼ばれる建設ビル空間。

モガンマとは、もともと集合機関のことを示すそうで、

オフィスビルのような1つの大きなビルを示すこともあれば、

施設が集まっている空間を示すこともあるようだ。

上の写真は、学校が隣接するモガンマ。

駐車場のような空き地が中心部を占め、

左右に学校が建ち並ぶ。

高校、中学校、小学校、幼小併設、幼小中併設。

公立、私立、その設立区分もさまざまだ。

子供の数が多いエジプトの教育機関。

設立区分、指導空間、指導スタイル、

さまざまなタイプが並存していることが見て取れる。

併せて、公立校の場合、例え隣接していても、

通う子供は区画で分かれているそうだ。

各学年の人数は、学校により数百名から数千名とのこと。

東京比較で人口密度は約2倍であるカイロ。

いかに子供の数が多く、

そして、いかに居住地域に人々が密集している環境で

子供たちが育てられているのかが推測される。

エジプトの外務省の学校情報によると、

エジプトの義務教育は小学校と中学校。

学校には政府校と私立校がある。

政府校は、その指導言語により、アラビア語学校と

言語学校(LanguageSchool)に分かれる。

言語学校では、指導言語をアラビア語か英語か選択でき、

第2外国語としてフランス語が教えられるそうだ。

ところで、2014年、エジプトではシシ大統領が就任した。

以降、内閣改造などの改革がなされ、中でも教育については、

日本・エジプト間の教育分野での協力強化が言及された。

初等教育方面からの協力が効果的であることなど、

教育面の方向性に関する言及も多数なされ、

2016年2月には、「エジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)」

が発表された。

日本とエジプトの協力姿勢という視点で見てみると、

制服やクラス編成など、教育現場において、

日本とエジプト、共通する部分を見て取れることがある。

特徴的なのは制服。

新学期が近くなると店頭で制服が販売され、

新学期が始まると、道端、バス、メトロ(地下鉄)、スーク(商店街)、

至るところで制服姿の子供たちが目に留まる。

日本と比較すると、制服の自由度は高く、

貧富格差や地域性などへの考慮が色濃く出ている印象だ。

ポロシャツのみを指定する学校。学校ロゴが入ることもある。

その他、ブラウスとボトムスやスカートを指定する学校、

女の子の制服に、プリーツのスカートワンピを指定する学校もある。

右上の写真は、帰宅途中のさまざまな制服姿の子供たち。

学校が隣接する通りから所狭しと溢れ出してくる光景だ。

左下の写真は、さまざまなタイプの制服が販売されている様子。

ポロシャツやブラウスに指定色を見て取れることは多い、

淡色、袖部の色切り替え、小柄のチェック柄やストライプ柄。

右下の写真は、就学前対象の子供たち。

お揃いのポロシャツとボトムスで朝の運動をする姿だ。

左上の写真は、男子校の中学生。

お揃いの小さなスカーフと帽子を身に付けている。

その光景は、ボーイスカウト・ガールスカウトの子供たちの姿を連想させる。

印象深いのは、

ポロシャツ、ワイシャツ、男女双方において、そのほとんどが長袖であること。

中高の女性の制服では、厚手のロングスカートが多いことだ。

そして、制服姿の女子中高生に多く見られるのは、

白いヒガブ(髪を隠すために巻くスカーフ)。

通常、さまざまな色や柄のヒガブを目にすることから考えると、

恐らく制服色の1つであるのだろう。

それから、エジプトの中学校と高校、

公立校は男女別、私立校は共学が多いそうだ。

男女別という考え方、

イスラム教徒の多い国の特徴であるように思いながらも、

よく考えてみると、日本にも私立付属など、男女別校は多く存在する。

経済フォーラムが発表した2017年11月「ジェンダー・ギャップ指数

の報告書によると、世界144カ国のうち、

教育面における男女格差はエジプト104位、日本は74位。

宗教特性というよりは、ジェンダー的な観点で考えてみると、

他にも共通点が見えてくるような気がして興味深い。

私の配属先の制服は黄色のブラウス。

学期初めなど、少し改まる時期には、

男女共に紺色のネクタイを着用する。

区分で分けると、公立校でも私立校でもない、コミュニティ校。

卒業後には小学校卒業資格を取得出来る正規教育施設だ。

2016年、JICAの報告書

「エジプト・アラブ共和国 基礎教育分野にかかる情報収集・確認調査」によると、

コミュニティ教育にはいくつかタイプがあり、

ユニセフやユネスコ、WFOなどの

支援や資金投入が成されているとのこと。

コミュニティ教育校の過半数を占めるのは、

ワンクラススクールというコミュニティ学校。

教育・技術教育省が支援・管轄する教育施設だ。

聞いた話では、ユニセフが支援するコミュニティスクールの管轄も教育省。

私の配属先は社会連帯省に登録しているNGO。

分類で見ると、コミュニティ開発協会(NGO)が支援する、

スモールスクールに該当すると思われる。

とはいえ、その運営内容は教育省に準じている。

公立校の教科書が配布され、コミュニティ校の基本である

1-3年、4-6年の複式学級の2クラス運営が行われている。

ターゲットとするコミュニティのすぐ近くに配置され、

同アパート内や徒歩圏内の子供たちが通ってくる。

学校終了時刻、親や兄弟姉妹が迎えに来ることは多いが、

小学校低学年くらいになると、

子供たちのみ数人で帰宅に向かう姿を目にすることもしばしばだ。

公立校や私立校と同じように9月と2月頃に新学期を迎え、

12月と5月頃には中間テスト、期末テストが実施される。

卒業後は小学校卒業資格が発行される。

比較的兄弟姉妹が多く、兄弟姉妹と隣り合って学習する子供がいる。

卒業した子供が、後に、

中学の制服姿で弟や妹を迎えにくることもある。

子供たちは、天真爛漫でとても元気。

兄弟仲がよく、子供間でのモノの貸し借りや、

持参するお菓子の譲り合いは頻繁に行われている。

話をしていても、授業をしていても、

「あのね、これ描いたの」とお絵描き帳を見せてきたり、

「お水飲みたい」と気ままに立って歩いたりする。

時には、おもむろに食事(ほとんどがサンドウィッチ)を始める。

楽器をもつと、音を出すことが嬉しくて音階どころではない。

とはいえ、アクティビティに積極的で、その姿は真剣そのもの。

絵を描いているときは特に顕著で、1枚描いては、

「姉/弟の分がほしい。もう1枚紙ちょうだい!」

などと、迎えが来るまでの間、沢山描くことに夢中だ。

施設全体が静かになるのは、子供の帰宅ラッシュが過ぎ、

数人の子供のみがお迎えを待つ、そのわずかな時間のみ

といっても過言ではないだろう。

その天真爛漫さ、

エジプトの子供たちだからなのか、

私の配属先の子供たちだからなのか、

初めは悩ましいところであったが、

スークを歩いていたり、街中を散策していると、

恐らくエジプトに共通する明るさであることが推測される。

子供に限らず大人も気さくに話しかけ合い、

男女問わず、移動の間中雑談を続ける姿が目につく。

そんな中、他の学校の授業を参観する機会を得て見学に。

見学者がいることへの緊張なのか、通常通りなのか、

子供たちは教室の椅子に静かに座り、授業に聞き入っている。

発言するときは手を挙げ、

あてられると立って発言、発言が終わると元のように座る。

朝礼の時は、クラスごとに整列。

ほぼもれなくエジプト国家を斉唱し、

朝のセレモニーが終わると、クラス別に列を成して教室に向かう。

その整然とした姿は感嘆たるもので、

少しアレンジして配属先に持ち帰って試してみた。

まず就学前の幼児、3-5歳。

普段、かなり厳しく椅子に座ることが強いられながらも、

隙あらばと歩き回りたい子供たち。

私は彼らに英語を指導することが週に数回あり、

ウォーミングアップとして、歌を活用することが多い。

振り付けと英単語で遊ぶ、その歌詞である英単語。

声を大きくしたり、小さくしたり。速度を早くしたり遅くしたり。

時に声なし、口パクでやってみた。

20人弱の子供たちは真剣そのもの。

いつ声を出せるものかとウキウキした目で見つめてくる。

しんとした空間で、身体を動かすアクティビティの実現だ。

小学校低学年の子供たち。

単語の反復練習をしていたら、

隣で勉強している小学高学年の読み聞かせの声が

聞こえなくなってしまったらしく、「静かにして」と注意を受けた。

そこで試みた第2段、「発言をする時は手を挙げよう。」

手を挙げると同時に立ち上がる子、

手を挙げるそばから答えを言う子、

手を挙げ「アナ、アナ(ぼく/わたし)」と自己主張する子。

手を挙げる、とはいえ、必ずしも答えをわかっているとは限らない。

手を挙げてあてられることに意味があるようだ。

「口は開かない、答えがわかったら、まずは手を挙げるだけ」

と念押しし、再度トライ。

随分ザワザワはしたけれど、

それでも、通常とは比較にならない整然さ。

手を挙げてあてた子とは別の子がなぜか答えてしまう

といった不思議や疑問は残るものの、

得るものの多い興味深いトライアルであった。

毎回だと飽きてしまうため、

時々この手の手法を取り込み、ゲーム感覚で授業を実践している。

あるがままの子供の「らしさ」を引き出すこと、

モラルや規律といった「常識」を身につけること。

それは相反するようで、でも実は紙一重であるようにも思う。

日本とエジプトの教育分野における協力。

私の配属先のような教育現場の現状。

生活や教育の格差が潜む、人口の多い街、カイロ。

私に残された活動期間は約3ヶ月。

教育現場に対する興味を持ち続けて過ごす

ことができる貴重な時間だ。