興味は命の賜物(土棟隊員は帰国しました。)

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土棟 亜也子
(北海道)

ボランティア/職種
青年海外協力隊
青少年活動
派遣国
中東・欧州
エジプト、カイロ
一言メッセージ
成長も行動も、興味を味方に加速します。初めての街、初めての文化、初めての景色。関心深い出会いを綴っていきます。

 

感謝

2018.03.20

人 生活

2018年1月現在の数値によると、

青年海外協力隊員の派遣実績国は90カ国、

同1月時点、派遣中の国は70カ国、隊員数は約2,000名だそうだ。

エジプトの派遣取極締結は1995年。

1996年に派遣が開始され、私の派遣年の2016年は、

JICAボランティアのエジプト派遣開始20周年であった。

私の協力隊員としての任期は2年、

2018年3月末の帰国日まで、残すところ数日となった。

派遣中の約2年の間、任期を終えて帰国する隊員、

新たに派遣要請を受けて到着する隊員。

派遣サイクルで言うと、3ヶ月毎に起こり得る出会いと壮行の連続だ。

派遣前の福島県二本松市で出会った同期。

派遣対象者の対象国は世界18カ国。

世界各国に友人がいるような心強さ。

日本国内に対しても例外ではなく、

経験も専門も異なる人々が集まる訓練所での生活は、

全国に知人友人ができたような心強さがあった。

個人的な話だが、

エジプトをはじめとした中東、アフリカに対する派遣前のイメージは、

今と大きく異なる。

イスラム教徒がほとんどを占める国という、

宗教や環境の違いへの不安もあった。

だが、それを超えて訓練に臨んだのは、

JICAという組織の知名度や実績、民間企業の協力姿勢など、

国の機関として、さまざまな和の中で成り立っている仕組み

であることを強く感じたことが大きかったように思う。

実際、移動地域など安全を考慮した行動規制はあるものの、

交通機関、インターネット環境、電気ガス水道などの生活環境、

どれをとっても、生活に不便を感じることはほとんどなかった。

安全対策や安全に暮らすための注意喚起に絶えず気を配り、

環境に配慮してくれるJICAで働く人々、

早い国では1960年代から派遣を開始し、継続している実績と信頼。

青年海外協力隊というプログラムは、

さまざまなものを乗り越えて継続するエネルギーと、

多くの人々のサポートや協力の上に成り立っていることを強く感じている。

派遣中、旅行を兼ね、日本からエジプトに来てくれた友人がいた。

「いつもは海外旅行に行くと話すと、”いいね、楽しんでね”

という言葉をもらうことが多いけれど、

今回エジプトに行くと言ったとき、

周りの人の第一声は”大丈夫?”だった。」 そうだ。

エジプト派遣に、結局は送り出してくれた家族。

心配性の父母の言葉は、

「五体満足で無事に帰ってきなさい。」だった。

エジプトで話すから、心から、

「安全に生活できている」、と返すことができるエピソード。

まだまだ中東、アフリカ、イスラム教徒に対するイメージは

「危ない」「怖い」が多くを占めるのが現実であるのだろう。

エジプトにいる間だからできることの1つとして取り組んだことに、

「現地からの発信」がある。

発信を重ねることは、つまり、その時に何を考え、何を感じ、

さらには元気に生活していることを示す1つのアウトプットであるだろう。

個人のブログにおいては、

1日1記事、時系列問わず。

小さな気づきやちょっとしたエピソードを短い英語で表現すること、

を個人目標に開始した。

この個人ブログの原動力は、訓練所でいただいた言葉。

主旨は以下のような内容であったと記憶している。

「任地にいる間、写真を撮り続けてください。

現地にいると、初めは新鮮だった景色が普通になって、

貴重な経験の数々に感動を覚えなくなってしまう。

写真に撮るということは、新鮮さを感じ続けることに繋がる。」

日常になるまでに約9ヶ月を要した個人ブログ。

2016年12月以降、1日1投稿が板につき、

2018年3月18日、その記事数は600に至り、View数は9,100を超えた。

投稿1つ1つへの素朴な思いのみならず、

通信機器が機能し、安定的にインターネットに接続できる環境で

暮らすことができていることを示すアウトプットにもなっていると感じている。

その他、この世界日記やJICAホームページの「世界HOTアングル」、

青年海外協力隊事務局が編集発行する月刊誌「クロスロード」。

発信機会の提供、投稿内容の校閲や回覧、

多くの方の協力を経て形になった発信の数々だ。

個人的な見解だが、私は、情報の伝達にはTPOがあると思っている。

発信する場所、発信する方法、発信のタイミング。

手法によって伝達対象は変わり、伝わり方は異なってくる。

帰国後は何ができるだろう。

今はまだエジプトにいるのでプランニングの域を出ないが、

日本からの発信を始めてみようと思っている。

発信目線でカメラを向けることは、

もしかすると日本を外国人の目で見ることに繋がるかもしれない。

幸い、日本を離れて約2年、

もともとアンテナが低く、流行にはすっかり置いてきぼりだ。

外から見た日本を自分がどんな風に発信するかを楽しみに、

帰国を迎えようと思う。

青年海外協力隊のプログラムへの応募にあたり、

協力隊員の経験のある友人、

長所や短所の記載などに客観的なコメントをくれた友人、

まずは申請から要請までに出会った全ての人々に改めて感謝する。

要請がなければ応募はなく、

応募がなければ要請マッチングの対象にならず、経験も生まれない。

そもそも要請の機会に恵まれたのは、

日本人を迎え入れてくれる活動先の人々とその組織のおかげだ。

現地の人々に触れ、周囲の人々に触れ、生活を覗かせてもらう。

時に食事を共にし、買い物に出かけ、旅行したこともあった。

「自分の家だと思って毎日おいで」と

心温まる家族愛を感じる言葉をかけてもらった。

心から「ありがとう」の想いでいっぱいだ。

また、現地での生活をサポートし、

活動の様子を気にかけてくれた現地事務所の方々。

現地のサポートがあったからこそ、現地に向かい合い、

活動を続けることができたと思う。心からの感謝を伝えたい。

エジプトで、多くの出会いと機会に恵まれた。

日本について学ぶ人々、

エジプトを発信する人々、

日本を発信する人々。

かけがえのない時間の数々だ。

ARIGATO_NO_HANA_WO_SAKASEYOU

同期で作ったお揃いのTシャツにある美しい言葉、

”ありがとうのはなをさかせよう”。

いつ耳にしても心に響く言葉だ。

3月末、帰国と時を同じくして、帰国時プログラムが計画されている。

世界各国から戻った同期に会える日が近づいている。

同時に、エジプトから発信している世界日記、当投稿が最後になる。

心からの「ありがとう」を今後に活かす出会いを楽しみに、

残り数日のエジプトでの日々を大切に過ごしていこうと思う。

ありがとうございました。