JICA海外協力隊の世界日記

ブータン便り

108

Kuzuzanpola! 隊員の岩井です。
1月30日午前7時に無事に2年ぶりに日本に帰国しました。帰国後もしばらく記事を書くため、今後ともよろしくお願いします。


108。日本では除夜の鐘の回数や煩悩の数として有名ですよね。Wikipediaを見たところ、108には他にも多くの関連要素があるそうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/108

ブータンでも108という数字は至るところにあります。数珠の数やドチュラ峠の仏塔の数です。パロのタクツァン僧院には年に一度だけ開く洞窟があるのですが、その中には108本の短刀がありました。
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きっとブータンには他にも108に関係することはたくさんあるのですが、私は帰国前にどうしてもやりたいことがありました。それはチョルテン(仏塔)を108周歩くことです。というわけで出国前日の1月28日にティンプーにあるメモリアルチョルテンを108周歩いてきました。本記事のサムネ写真がメモリアルチョルテンです。

休みなく2時間6分、距離にして8.5km分をぐるぐると回ってきました。歩いている最中はひたすら「なぜ私は今こうして歩いているんだろう」と思っていました。歩き終わって今こうして記事を書いている最中も歩いた意味はよく分かりません。歩かなくても私の人生に特段の変化はありませんし、強いて言えば私の中の武勇伝が一つ増えて世界日記のネタが一つ誕生したくらいです。

そもそも物事や行為に対して、なぜ意味を求めるのでしょうか?意味を求める意味は何でしょうか?
日本に帰国して真っ先に浴びた洗礼は時間を守ることでもなく、社会規範に順応することでもなく、意味を求めることでした。確かに意味を求めることは必要です。私はJICA海外協力隊という国家事業の一つとして国民の皆様の税金で派遣された身なので、私の活動の意味や成果などを説明する責任があります。ただ意味をあまり重要視しないブータンで生活していた2年間で、私は意味を考える習慣がごっそりと抜け落ちてしまいました。そのため、このギャップに早急に適応する必要があります。

幸せになるための要素の一つは意味などを考えず、過去にも未来にも囚われずに今に集中することではないかと2年間のブータン生活で感じました。そのため本音としては意味などを考えずにゆったりと生活していたいところです。ただ残念ながらそんなことをしていてはこの社会では飲まれてしまう気がします。

だからと言って常に意味を求めていては心身は疲労し、挙げ句の果てには人生や自分の存在理由等を考え始めて心を病む可能性さえあります。適度に意味を考え、適度に意味から脱却し、それを使い分けることがブータン生活で学んだ一つの教訓なのではないかと思います。

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