2026/01/26 Mon
人
「1000クワチャの問い」

名前:木村直
隊次:2024年度1次隊
職種:障害児・者支援
配属先:リロングウェ教員養成大学付属小学校


ミニバスに乗っていると、大きな荷物を持った年配の男性が声をかけてきた。
市街地まで行く交通費が足りず、1000クワチャ(約80円ほど)がほしいというお願いだった。
正直、よくある場面だ。
外国人である自分が渡すことで、良くない前例になるかもしれない。
ここで一人に渡したら、誰にでもあげなければならなくなるかもしれない。
そんな考えが、いつものように頭を巡った。
そう思って、私は一度、断った。
男性は少し残念そうな表情をして、男性は静かにバスを離れ歩いていった。
目的地までは、決して近くない距離だったが
彼は何も言わず、歩き始めた。
いつもなら、断ったことを迷わなかったと思う。
でもその日は、なぜか落ち着かなかった。
走り出したバスの中で、私はずっとその後ろ姿を考えていた。
私の頭の中はずっと忙しかった。
なぜそう感じていたのか、今も分からない。
「誰にでも言っているのかもしれない。」
「ここで渡すのは正しいのか。」
「いつもの自分なら、きっとそのままにしていた。」
「なぜ声をかけてきたのが私だったのか。」
「本当に困っていたのか。」
私の行動が正解かどうかを考える余裕もなく、ただ時間だけが長く感じられた。
答えは出ないまま、もう一度バスを止めて
「歩いてるあのおじさんを乗せて」とドライバーに伝え
私は彼の運賃をミニバスのコンダクターに渡した。
助けてあげた、という気持ちは不思議と湧かなかった。
良かったとも正解だったとも、今でもはっきりとはわからない。
それでもあの数分間、私は久しぶりに
「俯瞰する自分」ではなく、
「当事者」として、すごくドキドキした。
頭で整理する前に、感情が動いて、迷って、揺れて、自分に問い続けていた。
マラウイでの生活は、こうした小さな出来事を通して、
「自分が何を大切にしたいのか」
「自分はどうありたいのか」
静かに差し出して、問い直す時間を与えてくれる。
答えは出なくてもいいと思った。
ただ、その問いを持ち続けて生きていきたいと思った。
立ち止まって考えたあの時間そのものが、今の私にとって大切な経験だったように思う。
SHARE





