2025/12/25 Thu
協力隊60周年 音楽
協力隊60周年企画/スリランカ帰国隊員のイマ/野々垣真実(音楽)

読者に向けて自己紹介
あゆぼわ~ん!(シンハラ語で「こんにちは」)
2009年1月~2011年8月まで、スリランカにて音楽隊員として活動していました、野々垣真実です。
教育大学を卒業後、中学校で約3年間音楽の教員(臨時採用)をおこなっていたのですが、以前から気になっていた海外協力隊が諦められず、採用期間満了のタイミングで応募、派遣となりました。
隊員時代の活動に関する思い出について
2009年当時、スリランカの音楽教育(体育も美術も同様に)は、教員が教科書を読み上げて、それを生徒が書き写すというスタイルがまだまだ主流だったように感じます。
日本で行うような『実技』を実施していない授業が多く、また、『実技』を指導できる教員が確保できないという現状もありました。
私の活動は、教員養成学校で学ぶ学生(音楽の教員を目指している)に対して、ピアノやリコーダー、合唱等の『実技』面を始動することがメインでした。
(教員養成学校での合唱の授業風景)
生徒達は日々様々な授業や役割があり忙しい中、音楽の個人練習を行う時間が確保できず、最初は私も「なぜ皆ちゃんと練習をしてから授業に臨まないんだろう…」とイライラしたこともありました。
しかし、日本人の「コツコツ積み上げる」文化とは別に、スリランカには「土壇場で仕上げる」文化があり、お互いの背景を考えつつ「丁度良い塩梅」を提示するというのが苦労した思い出です。
日本のスタイルを押し付けるのではなく、スリランカスタイルを取り入れつつ生徒や同僚達と向き合えるようになってからは、人間関係も円滑になり、活動全体が上手く進むようになったと思います。

(生徒や同僚と一緒に作り上げた、日本とスリランカ協働のコンサート企画、JICAスリランカ事務所長や調整員、隊員仲間も応援に駆けつけてくれました)
また、活動が順調に進み始めると、様々なところから「うちの子供たちにも教えに来てよ!」と声をかけていただくようになりました。
海外協力隊の後半(延長期間中)は、地域の初等教育学校にて音楽教育を行うNGOと繋がり、お手伝いに行くようになりました。
自分が日々向き合っていた「音楽の先生の卵たち」とはまた違うキャリアを歩む人々との活動は、非常に新鮮で有意義な新しい活動となりました。

(初等教育学校では「音楽」の授業はほぼありません。NGOが関わることで、子供たちが「音楽」と触れるきっかけとなりました)
活動外の思い出として、地域で活動する合唱団のクリスマスキャロルへの参加があります。
スリランカで「実技を教えられる音楽の先生」は少ないのですが、音楽の実技を学ぶ若者は多くいました。(彼らの進路は「音楽の先生」ではなく、別の職種や海外留学に向かうことが多いです)
そんな彼らとの音楽活動はとても充実していて楽しかったです。
(クワイア―仲間との演奏旅行)
帰国後の進路について
あっという間の2年半(延長期間含む)の海外協力隊活動を終えて帰国後は、北海道の精神科病院にて「音楽療法士」の仕事をしつつ、JICA海外協力隊募集説明会や国際協力出前講座に登壇し、スリランカでの経験を多くの方々にお話する経験をさせていただきました。
その経験の中で、『開発教育』という分野に触れ、子供たちと一緒に「世界の出来事」を考えるワークショップを実施する中で、「もっと海外と日本を繋げる仕事がしたい」と思うようになり、JICA 北海道で働くことを決めました。
JICA 北海道は札幌と帯広に拠点を持ちますが、約9年ほど、札幌と帯広の事務所にて北海道の地域と世界を繋げる仕事に従事しました。
「地域×国際」という地方創生の手法があるのだと、身をもって経験出来た9年間でした。

(JICA北海道在席時、北海道の先生方を連れてスリランカへフィールドワークする機会がありました。その際、昔通った民族衣装(サリー)屋を訪問し、とても懐かしい気持ちになりました)
協力隊への応募を考えている皆さんへのメッセージ
海外協力隊の経験は、私の人生を変えてくれたなと感じています。
世界中に第二の家族や大切な友人が出来、自分の視野を広げてくれるきっかけです。
もし、「世界で誰かのために何かしてみたい」、「自分が変わるきっかけが欲しい」と感じているなら、物怖じせずに一歩前に踏み出してみてほしいと思います。
きっと、JICAの職員が、協力隊経験者の方が、あなたのサポートをしてくれると思います!
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