2016/05/06 Fri
活動
てしごと
ブータン人の価値観は「足るを知る」という言葉で語られることがある。必要以上に物が溢れた現代の、先進国と言われる国に住む人々にとって、その考え方はある意味新しく、とても豊かな考え方なのかもしれない。しかし、どんな物事にも両面があるように、その考え方にもよい面とそうでない面とがある。例えばスポーツのような分野では、できないことに挑まなければ上達の可能性はない。現状に満足して何も望まなければ、それ以上何も得ることができないのだ。
先日、ブータンのさまざまなスポーツ連盟・協会がホストとなって首都近郊の学校から生徒たちを迎えて、「スポーツ体験教室」を行なうOlympic Day Celebrationというイベントがあり、柔道協会はマット運動などのワークショップを行なった。ブータンでは日本のように体育の用具が十分でないので、子どもたちはこれまでにマット運動を学んだことがない。初めてやることは、最初からうまくいくとは限らない。ごく一部だが、彼らの中にはやってみようとしない子もいる。うまくできないことを周りに見られることを嫌がるのだが、この傾向は年齢が上がるにつれて強くなる。
でも、その子どもたちの中にいた、一際からだの小さな女の子は真逆だった。彼女の後転はどうアドバイスしたらよいものか・・・と頭を抱えるほど、成功からは遠かった。他の子どもたちはある程度形になっていて、2、3のアドバイスをそのとおりに実践できればできるようになると思ったが、彼女は違った。何度もやってみる。失敗をする。周りからは笑いが起きる。それでもなお、彼女は立ち上がって時間いっぱい失敗を繰り返した。そこも他の子とは違っていた。
私は柔道の指導者としてブータンに来たが、柔道が得意だとは思っていない。青年海外協力隊として柔道を教えている人たちのほとんどは、小さい頃から柔道で輝かしい戦績を持っている人ばかりだが、私には実績もない。教わったことを会得するにも時間がかかった。でも、できない者なりに「どうしたらできるようになるか」を考え、工夫を重ねてきたつもりだ。そういった自分自身の経験を踏まえて、できない者の側に立ち、柔道の楽しさを伝えたいと思ってここに来た。それがいつの間にか、慌ただしく目の前に迫る目標に追われて、その気持ちを忘れていたように思う。目の前の女の子を通して、そんなことに気づいた一日だった。
スポーツに限らず、国に関係なく、失敗と練習を何度も繰り返してようやくできるようになったという体験は、子どもたちにとって必要なことだ。どんなに小さなものでも構わない。それがいずれ何の役に立つか、その時はわからないものだが、いつかそれは自信となり自分をつくっていってくれる。
私の任期も残すところ、あと2カ月となった。帰国後は恐らく以前のような事務の仕事に戻ると思うが、日本の仕事の多くはパソコンの前で指先だけで済んでしまうので、心を込めて行なうことは難しい。今週には、ずっと念願であったブータンで二番目の柔道教室が始まる。残された時間は少ないが、最後にもう一度、初心を忘れずにこの手で柔道の楽しさを伝えよう。
柔道を教えていると、子どもたちの姿をとおして学ぶことがたくさんある。時々、不意にこんな日がくるから、私は柔道から離れられない。
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