2017/06/21 Wed
文化 生活
命をいただきます
こんにちは。あゆみです。
今回は、”生き物を食べる”ことについてお話します。
わたしのホストファミリーの家には、鶏が約50匹います。
先日、そのうちの10匹を食べるために絞めました。
絞められた鶏は、すぐに熱湯に入れられ、羽を剥がした後に、捌かれます。
わたしも、羽を剥がす作業を手伝いさせてもらいました。
羽は、力を入れずとも、驚くほどするりと抜けました。
頭、背中、腕の裏にびっしりと生えた毛は、ひとつ、ひとつ、手作業でむしり取られます。
羽の抜けたあとのぶつぶつとした毛穴の手触りと、ぐったりと伸びた首。
おなかをひっくり返そうと持ち上げたとき、詰まった身体の重さを腕にずっしりと感じました。
雨が家畜の血の匂いをこもらせ、少し気分が悪くなりました。
食用になる鶏は、ほとんどが生後6か月の未満だそうです。
それ以上だと、食べるにも、絞めるにも、大きくなりすぎてしまうのです。
「この鶏たちは、誕生日を迎えられないんだよ。」
この家に住む、10歳のクレセンシオが教えてくれました。
スーパーでパックとして売られている鶏肉が、生きた鶏からきているという事実。
そんな当たり前な事と、この腕に感じた命の重さは、似ているようで全く違うものだと、わたしは思いました。
命を、いただきます。
Ayu
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