子連れジャマイカ滞在日記

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フィネルップ 尚子
富山県

タイプ/職種
シニア海外ボランティア
日本語教育
派遣国
中南米
ジャマイカ キングストン市
一言メッセージ
9歳の娘を連れてジャマイカに赴任し、大学で日本語を教えています。人手もお金も足りない大学で、安く効率的に日本語を学ぶ方法を模索しています。

 

ジャマイカの中国社会

2019.10.29

人 文化

 写真は、週末に中国人の友人、劉さんのお宅でごちそうになった夕食。この日は朝から海に行き、写真右下のカニや貝を捕ったのですが、それが夕食の一品になりました。右上の頭は、劉さんの息子さん。捉えた獲物の変わり果てた姿に驚きながらも、食欲は抑えられません。

 ジャマイカでは、奴隷制度廃止後の人手不足を背景に、19世紀中頃から中国系移民が続々と契約労働者として訪れ、契約終了後、ジャマイカの至る所で家族経営の店を開業し、存在感を示し始めました。紛争処理機能を有する団体の設立、中国人学校や寺院の建設、中国語の新聞の発行、中国系移民の美人コンテストまでが始まり、その強いアイデンティティの示し方と経済的な成功がジャマイカ人の反発を買いました。その結果、20世紀には中国系移民の制限が始まり、そしてそれがどんどん強化されていく中で、多くの反中国の暴動が起こりました。こうして増加が抑えられていた中国系ジャマイカ人は、1970年代に人口の0.7%を占めていましたが、その後、1970年代から1980年代にかけてさらに暴行や放火の被害を受け、これらの被害を恐れて多数がアメリカやカナダへ移住した結果、中国系ジャマイカ人は、1982年には人口の0.2%にまで、2011年には人口の0.19%にまで減少しています。(詳しくは、全国紙オブザーバーの2014年4月1日の記事「中国人との対立の再考(Conflicts With The Chinese Revisited)」などを参照してください。)

 中国系ジャマイカ人は減少しても、昔ながらの中華の食材店や中華料理店はいくつもあり、最近増えている仕事で短期滞在する(そして暴行や強盗の被害を受けている)中国人を含むジャマイカ在住者の食生活を豊かにしてくれています。ただ残念ながら、劉さん宅にかなう中華料理店はありません。

 劉さん家族とは、去年同じアパートに住んでいた時に付き合いが始まりました。今年、劉さんが近くのテラスハウスに引っ越してからは、お互いの家を行き来しているのですが、大体いつもプールに行っています。写真は、息子さんに水泳を教える劉さん。実は劉さんは、ジャマイカの教育に不安を感じ、来年から息子さんを中国の学校に通わせるために、息子さんと奥様を中国に帰すことにしました。だから一緒に泳げるのもあとわずか。息子さんが腕の中まで泳いできたときの幸せそうな顔を見ていると、娘を人魚に育て上げてのんびりしていた私も、「孫にも水泳を教えよう。それまで元気でいなくちゃ」、と心が奮い立ちます。

 劉さんのテラスハウスの庭は、なんともエキゾチック。写真の花のような恐ろしげで美しい花が咲き乱れ、ジャングルのようです。その一方で、池には鯉が泳いでいますし、プールにはアーチ橋が架かっていて、夜になると橋の下にある緑色のライトでプールがライトアップされます。どことなく中国的なので聞いてみると、やはり、劉さんの職場で働く(劉さんを含む)中国人4人がこの敷地内のテラスハウスに住んでいるそうです。中国の大手企業のキングストン支店に勤める劉さんの職場には中国人のシェフがいて、(劉さんを含む)10人の中国人社員は社食で3食中華料理を食べられるとか。まさに、ジャマイカの中の中国です。