JICA海外協力隊の世界日記

みんなあのねのセネガル便り

みんなあのね、「過去へ」

先日、ゴレ島を訪問した。

ゴレ島は、セネガルの首都ダカールの沖合い約3kmに浮かぶ。

東西300m、南北900mの小さな島だ。

1444年にポルトガル人に発見されて以来、

ヨーロッパ列強国の間で主権争いが繰り広げられ、

ゴレ島は最終的にフランス領となる。

ゴレ島は、1848年に奴隷貿易が禁止されるまで、

新大陸への積み出し港として発展していくこととなる。

「奴隷の家」として博物館になっている建物(写真1枚目)は、

オランダ人により建てられたもので、

建物全体で常時150200人が押し込められていたという。

大人も子どもも。男性も女性も。

同じ人間によって、商品としての価値をつけられた。

奴隷として収容された人たちは、鉄の首輪と腕輪をはめられた。

衛生状態も非常に悪く、伝染病が流行することもあった。

奴隷貿易の基地とされたゴレ島には、

今でも奴隷収容所や奴隷を売買した館、

列強同士の島の奪還争いの際の砲台などが残っており、

この島の悲惨な過去を物語っている。

現在のゴレ島は、とてもゆったりとした時間が流れている。

コロニアル建築のカラフルな建物が立ち並び、

ブーゲンビリアが咲く路地裏。

アートの島の顔も持つゴレ島は、

アーティストの作品が島の至る所に飾られ、

交渉してその場で購入することもできる。

ゴレ島は、ユネスコの世界遺産に登録されていることもあり、

島を訪れる旅行者も少なくない。

島には原色が眩しい様々なお土産も売られている。

カーラピッド(セネガルを走るカラフルな車体のバス)を

モチーフにしたブリキのおもちゃなどは、

童心をよみがえらせてくれる。

この島に住みつくアーティストは多いと聞いたが、

アーティストだけでなくジャンベと呼ばれる伝統的な太鼓の奏者など

島にたどり着き、住み続けるミュージシャンも多い。

人口2000人に満たない小さなこの島に、

島の子どもたちのための「子どもの家」がある。

子どもたちは、ここで自由に遊ぶことができる。

おもちゃや本を自由に借りることもできる。

手の空いた大人が本の読み聞かせをしたり、

島のアーティストが開くお絵かき教室があったり、

子どもたちの母親同士が集まって刺繍教室を開いたり、

子どもたちを中心に交流が広がっている。

私は、2回目のゴレ島訪問。

初めて子どもの家を訪問し、短い時間であったが、

子どもたちと遊び、スタッフの方々とお話しさせていただいた。

いつもたくさんの人から活動のヒントを頂いている。

そして、今回もたくさんのことを学ばせていただいた。

▼ユネスコ世界遺産のホームページで、

 ゴレ島の写真を見ることができます。

http://whc.unesco.org/?cid=31&l=en&id_site=26&gallery=1&maxrows=28

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