吉田考が見せたい中国

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吉田 考
(東京都)

ボランティア/職種
青年海外協力隊
日本語教育
派遣国
アジア
中華人民共和国
一言メッセージ
青年海外協力隊に参加した動機は『親日大国の中国との交流に寄与したい』です。みなさんの知らない中国について発信します。

 

内モンゴル通遼市カールチン第三高校にて

2017.08.08

文化 活動

上の写真をご覧ください。

いかがでしょうか。

わたしは女子生徒の浴衣は本当に華やかで似合っていると感じます。

男性の浴衣もなかなかだと感じられた方、目の付け所がいいです。

それは間違いなく、わたしが着付けをしたからでしょう。

それは冗談ですが、何となく親近感を感じます。

この学生たちも、こういった日本に通ずる活動の中で、日本に対して親近感を増していくことでしょう。

この学生たちは内モンゴル自治区通遼市のカールチン第三高校で日本語を勉強しています。

カールチン第三高校は先日任期を終えて帰国された先輩隊員が派遣されていた学校です。

この学校で、先輩が最後の活動で催した日本語大会を手伝ってきました。

内モンゴル自治区とは中国北部で、少数民族のモンゴル族がたくさん生活している地域です。

モンゴル族は、固有のモンゴル文字を有していて、縦書き・右から左で、日本語と割と似ているところが多いそうです。

また歴史的な背景もあり、古くから日本語学習が盛んな地域で、JICAボランティアの派遣が多い地域でもあります。

長い間日本語学習が盛んな地域であった理由は、『日本に行けば成功できるのではないか』という、いわゆるジャパニーズドリームに起因するところもありました。

また中国人にとって、日本語は漢字を使うことから、比較的容易に習得できる言語で、英語より学習のハードルが低いことも無視できません。

しかし近年学習者数の減少や、学習目的に変化が生じ始めています。

これは様々な背景があると考えられていますが、内モンゴル自治区だけに限らず中国全体の傾向でもあります。

現在、日本語を学習し始めたきっかけとして、多いのはアニメが好きで日本語に興味を持つことだそうです。

また日本のドラマが好きだという学生も数多くいます。

例えば『名探偵コナン』や『リーガル・ハイ』の話が出ると、学生はそれについて語りたくて仕方ないという顔をしてくれます。

たとえ言語が通じなくても、同じ作品で同じ感動をしたという点を共感することができるのです。

わたしたちJICAボランティアの日本語教師も、そういった学生たちの興味のある話題を使って、言語学習につなげたりしています。

サブカルチャーの影響力は絶大です。

今回、カールチン第三高校の日本語大会のプログラムの中で、アフレコ大会がありました。

アフレコに臨む学生の気合の入った表情を見て、日本語が本当に好きで真剣に日本語を勉強していることが伝わってきました。

ここで活動されていた先輩隊員は『生徒たちが外国語(日本語)に触れることで、考え方や見ている世界の幅を広げてほしい』という想いで活動されていました。

わたしも言語とは考え方そのものを反映していると感じることがあります。

それは、物事に対する捉え方に応じた言い回しであったり、その国の常識や文化を背景とした流れであったりします。

違う環境で生活する人は、一概に『これをしたら、こういう意図がある』とは言えないのだと言えます。

ただ人はその違いの衝撃が大きいとき、自分の心を守るために必死で自分の物差しで考え方を図ってしまいがちですが、それを真に捉えるには自分の弱い心に囚われず相手に寄り添わなくてはいけません。

そしてその衝撃を乗り越えたとき、常識の壁が壊れて世界が広がるのだと思います。

日本語大会の閉会の言葉で、JICAの所員が学生たちに『挑戦し続けてください。』と言っていました。

それは、人生は有限で、限られた時間を意識して、日々を充実させるには、常に挑戦して輝きながら生きてくださいという意味で語りかけていました。

ボランティアに負けないくらい純粋で志の高いその言葉に、わたしは内心生徒以上に感動させられました。

日本に行く留学生の多くは、沿岸部の経済的に豊かな地域出身であるものの、内モンゴル自治区をはじめ中国の様々な地域から、日本に親近感を感じて日本へ渡る人もたくさんいます。

カールチン第三高校のごく限られたわずかの学生たちも、きっと日本へ留学することになります。

わたしは、日本にあこがれを持ってくれている彼ら彼女らが、日本にとって本当にかけがえのない存在だと感じます。

また日本という異文化に触れ、考え方の幅を広げ、成長していく彼ら彼女らを応援したいです。

そんな彼ら彼女ら自身も日本人へ衝撃を与え、日本人の考え方の幅を広げ、成長させてくれるかもしれません。

全ての人が、前後ろではなく、差異として他者を捉えて、その一つ一つに感動していけたらいいな、と思います。