JICA海外協力隊の世界日記

バングラデシュ便り

04_命を守る~防火建築ワークショップ~

アッサラム アライクム!(こんにちは!)2025年度3次隊、建築隊員の水上です。

先日、同僚たちからこんな質問を受けました。
「なぜ君はダッカへ来たの?」
「人の命を守るため」
私が協力隊を志願した理由です。

建物は、時に凶器にもなり得ます。
私が活動するバングラデシュの首都・ダッカは、世界有数の人口密度を誇る都市。建物が隙間なくひしめき合うこの街では、不適切な設計や施工があれば、火災や地震が起きたとき、それは一瞬で多くの命を奪う災害へと姿を変えてしまいます。 人命を守るには、建物の安全性を高めるしかない――。私が活動する住宅公共事業省・建築局は、国内の学校、病院、市役所、消防署、美術館といった公共建築物の意匠デザインを担っています。これらは人々の生活を支えるだけでなく、非常時には命を繋ぐ「最後の避難所」にもなる場所です。

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建物がひしめき合う道_ダッカ市内

バングラデシュでは近年、安全への意識が高まりつつあります。
ルール整備も急ピッチで進み、過去5年間の改正だけでも、法文はなんと合計2500ページ超。これを現場で使いこなすのは容易ではありません。なかでも特に重要なのが「防火性能」です。炎や煙の遮断、確実な避難経路の確保など、命に直結するルールが詰まっています。特にダッカの建物は防犯上の理由から低層階の窓やバルコニーが鉄格子で覆われており、火災時の逃げ道は実質「廊下と階段」しかありません。だからこそ、設計段階でルールを100%遵守することが、文字通り「生と死の境界線」になるのです。

活動開始から5ヶ月。
同僚たちとの共同設計や議論を通し、私はある重大なことに気づきました。
「知識のアップデートが、全然追いついていない!」
最近の改正は2025年12月。日本であれば「新旧どちらのルールでもOK」という移行期間が設けられることもありますが、ここにはそんな優しいクッションはありません。ルールが新しくなっても、設計者が認識していなければ建物は安全にならないのです。
そこで私は、同僚たちのサポートも得ながら、「防火建築」をテーマにしたワークショップを企画することにしました。

……とはいうものの、問題は山積みです。
まずは語学の壁。建築基準法は英語なのに、最新法令はベンガル語。同僚たちの図面は英語だけど、会話はベンガル語。私がベンガル語で話しかけても「何を言っているか分からない」と、綺麗で流暢な英語で返ってくる始末……(泣)。
さらに、法文そのものが難解です。日本語の法律でさえ頭が痛くなるというのに、英語やベンガル語の専門的な法文を噛み砕いて説明するのは至難の業。「このままでは命を守れない。どうすればバングラデシュの法律を、もっと簡単に・分かりやすく・楽しく伝えられるだろう?」

悩み抜いた末に辿り着いたのが、『図面探偵』というアイデアでした。
いわゆる「間違い探し」です。日本の「建築基準適合判定資格者」の試験をヒントに、参加者自身に図面から間違いを探し出してもらう仕組みです。セルフチェックの習慣が身に着けば、ルールを遵守する意識も自然と高まるはず!


事前打ち合わせでこのアイデアを提案すると、同僚たちから熱い反応が返ってきました。
「面白い!でも答えを言いふらす人が出ないよう、図面を3パターン作ってランダムに配ろう。お互いに議論させたらもっと理解が深まるはずだ!」
..........。稲妻のような衝撃が走り、ただただ言葉を失いました。素晴らしい!日本の着想とバングラデシュの現場知が融合した瞬間でした。当日はJICAバングラデシュ事務所の所長も同席してくださることになり、準備への気合が一層入ります。

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『図面探偵』_出番を待つ3つのフィクション図面たち

前日。
副建築局長からは、 こんな心強い言葉をいただきました。
「いいかい?私たちはチームだ。ベンガル語が難しければ英語でもいい。私たちが全力でサポートする!」
「英語も分かりません!」というツッコミは心の中に押し込めましたが(笑)、人命を守るため、当事者として同じ熱量で「安全な建物を建てる」という想いを共有できていることが、何よりも嬉しかったのです。

そして迎えた当日。
さっそく、思わぬトラブルが牙をむきます。 1週間前にテストしたはずのPC接続が、なぜか全くうまくいかない。接続変更、設定変更、再起動……何度やっても画面は真っ暗なままです。設備スタッフと共に冷や汗を拭いながら代替機を探し回り、本番10分前にギリギリ滑り込みセーフ。

フーッと一息つく間もなく、いよいよ本番。
JICA事務所長の同席もあり、国家公務員かつ建築士としての業務がありながらも、会場には90名もの同僚たちが集結しました。
「防火デザインは人命を守ります。初期段階から考慮すべき重要な要素です。」というスピーチに、会場はぐっと熱気を帯びていきます。

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JICA事務所長によるスピーチ

いよいよ私の出番。
火災の恐ろしさや、防火建築のポイントを伝えていきます。私の拙い説明にはあちこちから笑いが起きましたが、何とかメインの「図面探偵」の説明までたどり着きました。
「こんなの初めてだ」「隣と図面が違う」「これはOKだけど、ここは間違い!」
――
自分の図面で間違いを説明し合い、他の同僚の解説に耳を傾けているうちに、会場は大盛り上がりとなりました。

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会場の様子

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図面探偵_ワークショップの様子

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盛り上がる同僚たち

ところが、ここでさらなるトラブルが襲いかかります。
バチッ!
……なんとも嫌な音が響き渡り、モニターが突然、プツリと闇に包まれました。
設備スタッフが慌てて駆けつけ復旧を試みますが、何度やっても画面は真っ暗なまま…。会場は熱気に包まれているというのに、私の背中を冷たい汗が滝のように流れ落ちます。マズイ、このままでは肝心の答え合わせができない。万事休す……!

そのとき、まさにリリーフが登場しました。
おたおたしている私を見かねたのでしょう。「任せて!参加者にはモニターが見えなくても、手元のPCで図面は見れる。僕が答えを見ながら説明するよ。このワークショップ、絶対に成功させてみせるから!」
事前打ち合わせに参加していた同僚の一人が、颯爽と助け舟を出してくれたのです。それに続く答え合わせでも、参加者である同僚たちが周囲の同僚たちと議論した解答を積極的に全体共有し合い、見事に時間通りワークショップを終えることができました。

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リリーフ登壇する同僚

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有志による解答共有

国境を越えて、心と心がつながった日。
あと1分モニターの故障が早かったら、私の説明が終わらずワークショップは完全に中断していたでしょう。モニターが使えない状況では、私自身で答え合わせをすることもできなかったはず。リリーフの同僚、そして会場を盛り上げてくれた参加者たち。「私たちはチーム」という副建築局長の言葉が、脳裏に熱くよみがえります。一人では絶対にやり遂げられなかったワークショップ。想定外のトラブルも、同僚たちの温かい助けがあったからこそ、最後までたどり着くことができました。

後日。
同僚たちからは、こんなに嬉しい言葉をたくさんもらいました。
「実務に役立つ!」「日本式でバングラデシュの法律を学べて斬新だった」「次も楽しみにしているよ!」
わざわざ私のところへやって来て、
「当日参加できなかったんだけど、共有資料を見て『避難階段の計算方法を勘違いしていた』ことに気づいたんだ。もう一度教えてもらえるかい?」
と真摯に尋ねてくれる同僚もいました。
言葉や文化の壁を越えて、心と心がしっかりと通じ合えた――本当に忘れられないワークショップになりました。

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後日、同僚と振り返り

「人命を守りたい」という想いを形に。
バングラデシュの法律に寄り添い、『図面探偵』というアイデアで同僚たちを巻き込みながら、ワークショップを共催できたことは私にとって大きな一歩です。でも、人命を守ることは、私一人では成し得ません。実際にデザインを行うのは同僚たちであり、ワークショップの真の目的は、同僚たちの日々の行動を変えることにあります。同僚たちがデザインする公共建築物は、バングラデシュ国民の生活を支えると共に、安全の模範となるものでなければなりません。

最新のルールに基づいたデザイン、そして丁寧な図面チェック。一度きりではなく、二度、三度と定着に向けて繰り返していくことが重要です。また、防火のみならず、耐震やバリアフリーなど、チャレンジすべき分野は多岐に渡ります。同僚たちの設計がどのように改善されたのかを評価する方法も考えていかなければなりません。
課題は山積みですが、「人命を守る」ため、同僚たちとより良い建築を目指して、これからも一歩一歩進んでいきたいと思います。

アバル デカ ホベ!(またお会いしましょう!)

水上 俊太(2025年度3次隊/建築/ダッカ県南ダッカ市)

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