JICA海外協力隊の世界日記

バングラデシュ便り

02_カウンターパートの退任式

アッサラム アライクム!(こんにちは!)2025年度3次隊、建築隊員の水上です。

私の配属先は、バングラデシュの首都ダッカにある「住宅公共事業省・建築局」です。国内の大規模な公共建築の設計を一手に手掛ける、いわばバングラデシュ建築界の“総本山”です。

着任して2ヶ月半。その総本山で、大イベントが開催されました。 私のカウンターパートでもある、副建築局長の退任式です。カウンターパートとは、協力隊活動を行う配属先側の受け入れ担当者です。隊員によって状況は異なりますが、私の場合は技術協力の相手であり、私が勉強セミナーなどのイベントを開催する際の協力者となるなど、活動における最重要人物です。国際協力活動を行う際には、カウンターパートとの人間関係や相互理解が重要となります。

このお方、国内の公立病院を多数手掛けてきた病院設計の超スペシャリスト。勤続30年、60歳の節目で定年を迎えられました。 バングラデシュの大学院で日本語を専攻していた大の親日家で、幼少期に訪れた日本の街並みに魅せられ、建築家・安藤忠雄氏をこよなく愛する熱い情熱の持ち主。毎日「おはようございます!」と日本語で挨拶してくださる姿は本当に心強かったです。これまでも5名の先輩隊員と設計され、JICA研修で来日した際には東日本大震災の被災地にも足を運ぶなど、まさに日本とバングラデシュを結ぶ“架け橋”のような存在でした。

そんな「建築界のレジェンド」の退職とあって、建築局の盛り上がりは凄まじいことに。 退職の1ヶ月前から、建築家、芸術家、映画監督、はてはご親戚まで連日ゲストが押しかけ、最後の1週間は連日のランチパーティー。人望の厚さが規格外です。

そして迎えた、運命の退任日。
午前はオフィスで、若手建築士33名からのプレゼント&花束贈呈。感極まって涙を流す若手に、「バングラデシュ建築の未来を託します」とラストメッセージが贈られる感動的な展開。私も同僚たちと一緒に写真入りフォトフレームを作成し、花束と共にプレゼントしました。

2.jpg                     午前_オフィスの様子

3.jpeg                    同僚たちと共にプレゼント

……問題は、午後でした。
会場には他局からも人が押し寄せ、集まった職員はなんと180名超。普段の講演会(多くて80名)の2倍以上という、見たこともない大混雑です。祝辞や思い出のフォトムービーで感動もピークに達した頃、いよいよフィナーレの演奏会へ。 副建築局長は大の音楽好き。実はイスラム教徒でも宗派や個人によって捉え方は様々で、同僚の中にはバンドマンもいるほど音楽が身近なのです。

4.jpg                     午後_退任式の様子

しかし、ここで事件が起きます。 式典のわずか2時間前、副建築局長がニコニコしながら一言。
「ベンガル語と日本語で歌ってほしいな!」
……いや、当日!しかも2時間前!! カラオケすら滅多に行かない私に、180人の前で歌えとおっしゃる!?
「当日無茶振りは文化ですか!?」という心の叫びを必死に押し殺し、冷や汗を流しながら歌詞カード片手にアタフタ……。 結局、歌詞は全く覚えきれず「超カンペ目線(笑)」で必死に歌い切りました。

すると、その泥縄な全力投球がウケたのか、会場は大盛り上がり! ふと前を見ると、私に向けられたスマホのカメラが圧巻の20台。異国の地で、一体感とスター気分を味わうことになりました。
式の後には「ありがとう!上手だったよ!!」と動画付きでメッセージが届き、胸が熱くなりました。100%お世辞ですが、言葉も歌も下手くそでいい。「泥臭く伝えようとする姿勢」こそが国境を越えるんだと、最後の最後に大切なことを教わった気がします。

5.jpg                     「超カンペ目線(笑)」

6.jpeg                  セレモニー後、バンドメンバーと

副建築局長、30年間本当にお疲れ様でした! 寂しいですが、この熱いバトンと「無茶振りへの耐性」を胸に、新しいパートナーとまた素敵な関係を築いていきます!

アバル デカ ホベ、バロ タクベン!(またお会いしましょう、お元気で!)

水上 俊太(2025年度3次隊/建築/ダッカ県南ダッカ市)

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