JICA海外協力隊の世界日記

ボリビア便り

#168 めんそーれ、いざ彼らの故郷へ【野菜栽培/柄澤】

協力隊員が多く派遣されている、ボリビアのオキナワ移住地。ボリビアへ来たからには必ず行きたいと思っていました。

今から5年前、沖縄県で仕事をしていた私は、そのオキナワ移住地から来た2名の留学生と出会いました。すぐに仲良くなり休日は一緒に出掛けることもありました。ボリビアは内陸国のため海に面していません。海に入ったことがなかった2人を北谷の海へ連れていき一緒にシュノーケリングをしたのは良い思い出です。

沖縄を離れる際「いつかボリビアに行くからね」と伝え、そして縁あってボリビア隊員となった今、彼らの故郷で再会を果たすことができました。サンタクルス市内から車を走らせること約2時間、「めんそーれオキナワ」と書かれた看板がお出迎えをしてくれます。

普段ボリビアで生活をしていると日本語を見ることも聞くこともありません。アジア系の人を見かけるのもごく稀です。しかしここに来ると日本語が聞こえ、納豆などの日本食を食べることができます。写真にあるように、友人のお母さんからゴーヤチャンプルーをご馳走してもらいました(笑)

移住地の人たちは日本語を話しますが、スペイン語と混ぜて会話をします。言語を切り替えるその境界線は何なのか気になって聞いてみたころ、「その時々で話しやすい方を使う」とのことでした。移住地ならではのコミュニケーションの取り方です。

沖縄県からボリビアへ移住が始まったのは1954年のこと。オキナワ移住地には歴史資料館があります。中には当時の写真や新聞、使われていた農機具などが展示されており、その時の様子を伺うことができます。移住してきた頃ボリビア政府から農地を分け与えられ、そこから米穀類の栽培や畜産で社会を形成してきました。普段スーパーで買い物をしていると“OKINAWA”と書かれた米の袋を目にします。今では一大ブランドとしてボリビアの食卓を賑わせ存在感を示しています。

滞在中に感じたのは人の温かさと繋がりの強さです。移住地にはそれぞれ異なる家族が住んでいますが、移住地全体がまるで一つの家族のような雰囲気でした。様々な時間を共に過ごし乗り越えてきたからできたものだと思います。沖縄には「いちゃりばーちょーでー(一度出会えばみな兄弟)」や「ゆいまーる(助け合い)」という言葉がありますがまさにそういったものを感じることができました。帰る際には「またいつでも来ていいからね」と言ってもらいとても嬉しい気持ちになりました。

この地に来たからこそ生まれる出会いがたくさんあります。ボリビアは日本の反対側にあるので遠く離れた国の一つです。しかし、どんなに遠く離れていても、時間が経っても、一度出会えばまたどこかで巡り合えます。ボリビアに来てから8カ月が経ちました。残りの時間も出会いを大切に、そしてそれが日本とボリビアの懸け橋になれば嬉しいです。

文責 柄澤 広輝(2025年度1次隊/野菜栽培/コチャバンバ県ティキパヤ市)

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