JICA海外協力隊の世界日記

コロンビア共和国便り

【地質から見るコロンビア⑭】アンデスが切り分けた生命 ― 世界有数の生物大国コロンビア

前回の記事では、コロンビアの険しい地形が武装勢力の拠点となり、この国の治安や歴史に大きな影響を与えてきたことについて触れた。
正直に言えば、日本にいた頃の私が持っていたコロンビアのイメージも、そのようなニュースから作られたものが大半だったように思う。危険な国、治安が不安定な国 ーー そんな印象が先に頭に浮かんでいた。

しかし、実際にこの国に降り立ち、日々の生活を始めてみると、その先入観は心地よいほど裏切られることになった。
街を一歩出れば、息をのむほど圧倒的な大自然が広がり、見たこともない色彩の鳥や植物たちが当たり前のように息づいている。実はコロンビアは国土面積こそ地球のわずか0.7%に過ぎないものの、地球上の既知生物種の約10%が確認されていると言われ、生物多様性が極めて高い「メガダイバース国」の一つなのである。
鳥類、ランの種類数は世界1位。さらに蝶、両生類、淡水魚、植物なども世界トップクラスの多様性を持っている。

なぜこれほどまでに多くの生き物が、この国に集中しているのだろうか。
その答えは、やはりこの国のアイデンティティである「アンデス山脈」にある。
もちろん、生物多様性を生み出した理由はアンデスだけではない。コロンビアは赤道直下の熱帯に位置しながら、カリブ海と太平洋という二つの海に面し、さらに南アメリカと中央アメリカをつなぐ「生命の交差点」にある。アマゾンの熱帯雨林、オリノコ川流域のサバンナ、雲霧林、高山湿原(パラモ)、砂漠、サンゴ礁など、多様な環境が一つの国に共存している。その土台の上で、アンデス山脈が標高差と地理的な隔離を生み出したことで、生き物たちは地域ごとに独自の進化を遂げ、世界でも類を見ないほど多くの固有種が誕生したのである。
人間にとっては移動を阻み、時に国家のコントロールを拒絶する障壁となったあの険しい山々と深い谷が、生き物たちにとっては、外敵や地球規模の気候変動から身を守る「天然のシェルター」であり、独自の進化を促す「生命のゆりかご」として機能したのだ。

コロンビアの生物多様性を紐解く最初の鍵は、極端なまでの「標高差」が生み出す気候のモザイク模様にある。

この国は赤道直下に位置するため、本来であれば国全体が一年中むっとするような熱帯気候になるはずだ。しかし、そこにアンデス山脈がそびえ立つことで、状況は一変する。海抜ゼロメートルのカリブ海沿岸から山を登るにつれ、気候は熱帯から亜熱帯、温帯、そして冷帯へと、まるで数千kmの緯度移動を一気に体験するかのように変化していく。

わずか数十km車を走らせるだけで、ヤシの木が生い茂る熱帯雨林から、コーヒー栽培に適した涼しい丘陵地帯、ボゴタのような冷涼な高原、そして標高3000mを超えると「フライレホン」などの奇妙な高山植物が広がる独特の湿原(パラモ)、さらには万年雪を抱く5000m級の山頂へと景色が移り変わる。地球上のあらゆる気候帯が、この一つの国に縦に積み重なっている。
さらに、コロンビアはカリブ海と太平洋という性格の異なる二つの海にも面している。サンゴ礁、マングローブ、世界有数の多雨地帯である太平洋岸の熱帯雨林など、多様な海洋・沿岸生態系もこの国の生物多様性を支えている。

さらに決定的なのが、前々回の物流の回でも登場した「アンデスが三つに分かれている」という特殊な構造だ。
西、中央、東へと並行して走る三つの山脈と、その間に深く刻まれたマグダレナ川やカウカ川の谷間。この巨大な大地のシワは、鳥や昆虫、植物たちにとって物理的な「障壁」となった。
例えば、ある山の斜面に暮らす小さな鳥やカエルにとって、隣の山系へ行くためには、一度うだるように暑い乾燥した谷底へと滑り降り、再び過酷な崖を登らなければならない。それは彼らにとって、事実上不可能な大冒険を意味する。

結果として、三つの山脈のそれぞれの斜面や谷間は、広大な陸地の中にありながら、海に浮かぶガラパゴス諸島のような「隔離された孤島」となった。行き来を阻まれた生き物たちは、それぞれの場所で何百万年もの時間をかけて独自の進化を遂げることになる。ガラパゴス諸島でフィンチが島ごとに異なる進化を遂げたように、コロンビアでは山ごとに鳥やカエル、ランなどが独自の種へと分かれていった。コロンビアに、その場所にしか生息しない「固有種」が異常なほど多いのは、アンデスが生命の行き来を細かく切り分けたからに他ならない。

そして、前回の記事で険しすぎる地形と深いジャングルが武装勢力の格好の潜伏先となり、長らく政府の支配が及ばない「地図の空白地帯」を作ってきたという話をした。人が立ち入れず、大規模な開発や道路建設が物理的に不可能だった危険地帯は、裏を返せば、人間による環境破壊から奇跡的に守られた「手つかずの楽園」でもあった。

2016年の和平合意以降、かつてゲリラの拠点だった山岳地帯やアマゾンの奥地、太平洋沿いの密林へ、ようやく国内外の研究者たちが足を踏み入れられるようになってきた。
すると、それまで世界のだれも見たことがなかった新種の植物や昆虫、両生類などが、今も毎年のように次々と発見され続けている。かつて国家のコントロールを拒んだアンデスの天然要塞は、今、世界の生物学における「最後のフロンティア」として、地球上の生命の多様性を解き明かす重要な手掛かりとなりつつある。

日本にいた頃、ニュースの文字面だけで知った「危険な国」というコロンビアのイメージは決して間違いではなかったのかもしれない。しかしそれは、この大地が持つ底知れないダイナミズムのほんの一面に過ぎなかったのだと今は痛感している。

アンデスが細かく切り分けた無数の世界。その複雑に折り重なった大地の凸凹(シワ)こそが、今日もこの国を包み込む鮮やかな色彩と、圧倒的な生命の賛歌を作り出している。
IGACで地図の空白を眺めるとき、そこが単なる「未調査の場所」ではなく、人類がまだ出会っていない未知なる生命の息吹で満ちた場所であると想像する。

前回の記事では、この山々が国家の支配を拒む天然要塞として機能してきたことを紹介した。しかしこれらの地形は、生き物たちにとっては新たな進化を生み出す舞台でもあったのである。
私たち人間はしばしば山を「越えるべき障壁」として見てしまう。しかし、生き物たちの視点に立てば、アンデスは生命を分断した壁ではなく、多様な命を育むための揺りかごだったのかもしれない。

2024年度2次隊 コロンビア 品質管理・生産性向上 堤大耀

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