JICA海外協力隊の世界日記

コロンビア共和国便り

【地質から見るコロンビア㉒】白い砂浜の要塞都市と大河に乾杯する街 ― カルタヘナとバランキージャで見るカリブ海の素顔

カリブ海。
それは、コロンビアを旅していると何度も出会う「青」の世界だ。
強烈な日差しに照らされた海。汗が止まらないほどの暑さ(ボゴタの山の民にはつらい)。道端から聞こえてくる音楽。そして、冷えたビールが妙に美味しく感じる夕暮れ。

このエリアを代表する2つの都市、車でわずか2時間ほどの距離にありながら、街の成り立ちも、海の表情も、驚くほど対照的だ。
今回はそんなカリブ海沿岸にある2つの街、カルタヘナとバランキージャを訪れた(訪れた時期はバラバラ)。

カルタヘナでは、ボートに揺られてロサリオ諸島に向かい、海の上にある水族館で海の生き物たちと触れ合ったり、Playa Blancaの透明な海で眩しい日差しを浴びる。旧市街の石畳を歩き、サン・フェリペ要塞の高台から街と海を見下ろした。色鮮やかな建物が並ぶ旧市街と、高層ビルが立ち並ぶBocagrande。その向こうにはどこまでも青いカリブ海が広がっていた。

一方、カリブ海の強烈な暑さの中で冷えたビールを味わうべく訪れたバランキージャは、全く異なる「大地のストーリー」を見せてくれた。
カーニバル博物館を訪れ、マグダレナ川沿いを歩いて巨大なシャキーラ像を見上げる。夕方にはEcoparque Ciénaga de Mallorquín という湿地の遊歩道を歩き、沈みゆく太陽と突然現れる虹を眺めた。
さらに最新の観光列車に揺られて向かったPlaya Puerto Mochoの海岸では、泥を孕んだ大河の茶色い水と、カリブ海の青い水が混ざり合う、大地のエネルギーに満ちた風景が広がっていた。

サンゴ礁が作り出した真っ白な砂と石灰岩の城壁。
そして、アンデスから運ばれてきた土砂が生み出す汽水域とマングローブ。
透明な海を切り取った歴史都市カルタヘナと、大河の終着点として大地を受け止めるバランキージャ。カリブ海の風に吹かれながら、大地と海が織りなす2つの物語を辿った。

まずはカルタヘナから見ていこう。
カルタヘナと言えば、カラフルな街並みと巨大な城壁に囲まれた旧市街と難攻不落を誇ったサン・フェリペ要塞を思い浮かべる人が多いだろう。
しかし、街を見下ろすその巨大な石の壁にぐっと近づいて目を凝らしてみると、普通の山の岩とは少し違うことに気が付く。
表面はゴツゴツとしていて、無数の小さな穴が空いている。実は、城壁や要塞をはじめ、カルタヘナの歴史的な建造物には、「サンゴ石灰岩(Piedra coralina)」と呼ばれる海由来の岩石が数多く使われている。
気の遠くなるような時間をかけて、海中のサンゴや貝類などが残した炭酸カルシウムの骨格や殻が積み重なり、やがて硬い石灰質の地層となった。その後、海面変動や地殻の変動などによって、こうした海由来の地層が陸上に姿を現した。

大航海時代、イギリスやフランスの海賊からの略奪に悩まされていたスペイン人たちは、街を守るための強固な城壁を築く必要があった。その時、彼らが周辺の採石場から切り出し、積み上げたのが、この土地に広がっていたサンゴ礁由来の石灰質の石だった。
サンゴ石は見た目には粗く、多くの穴が空いている。しかし十分な強度と耐久性を持ち、周辺で入手しやすかったこともあって、カルタヘナの城壁や要塞の主要な建材として利用された。現在も旧市街の城壁や歴史的建造物のあちこちに、この海由来の石を見ることができる。

こうして考えると、カルタヘナの街を守っていた城壁は、単なる人工物ではない。
その石の一つ一つをさらに遡っていけば、たどり着くのは人間の歴史よりもはるか昔のカリブ海だ。
海の中では今もサンゴが新しい石灰質の骨格を作り続け、その一方で陸の上では遠い昔にできた石灰質の岩が、人間の歴史を何百年にもわたって支えてきた。

さらにカルタヘナでは、石だけでなく「水」そのものも街の防御線となった。
海、湾、入り江、そして湿地。
街の周辺を取り囲む複雑な水域によって、陸上から近づける場所は限られていた。人間はその天然の地形を利用し、弱点となる場所に城壁や要塞を築いていったのである。

海が大地を作り、
大地が街を支え、
そして人間がその上に歴史を積み重ねていく。
カルタヘナはそんな長い時間の積み重なりを、海と石の両方から感じることのできる街だった。

次は、その海へ大量の土砂を運び込む、もう一つの街へ向かおう。
カルタヘナから東へ約120㎞。
アンデスを源流に持つマグダレナ川が、最後にカリブ海へ流れ込む街――バランキージャ。

マグダレナ川沿いに整備された遊歩道「グラン・マレコン(Gran Malecón)」を歩き、この街が生んだ世界的スター、シャキーラの巨大な像を見上げる。そのすぐ背後を流れるコロンビア最大の大河は、カリブ海のイメージからは程遠い、重く濁った茶褐色をしている。

全長約1600㎞にも及ぶこの川は、アンデス山脈を源流としてコロンビアを縦断し、最後にバランキージャの北側にある「ボカス・デ・セニサ(Bocas de Ceniza)」でカリブ海へと注ぎ込む。流域はコロンビア国土の約4分の1に及び、年間に1.5億トンを超える大量の浮遊土砂を海へ運び込んでいる。
つまり、私がバランキージャで見ていた茶色く濁った水の正体は、単なる「汚れた川」ではない。
その一粒一粒は、長い年月をかけてアンデスの山々が削られて生まれた砂やシルト、粘土などの細かな粒子なのだ。

そして、この川と海の境界にあるのが、今回訪れた「シエナガ・デ・マジョルキン(Ciénaga de Mallorquín)」だ。
遊歩道に足を踏み入れると、そこに広がっていたのは海とも川ともつかない、不思議な水の世界だった。
ここは、マグダレナ川とカリブ海、そして周辺の水辺や湿地が複雑に繋がり合う汽水域だ。
水面の上に張り巡らされたこの木道を辿っていくと、泥にしっかりと根を張るマングローブの森がどこまでも続いている。マグダレナ川が運んできた細かな土砂が湿地に堆積し、そこにマングローブが根を張る。こうしてできた湿地は、野鳥や魚など多くの生き物にとって重要な生息場所となっている。

つまり、アンデスから運ばれてきた土砂は、最終的にただ海へ捨てられているわけではない。
その一部は海岸や湿地に蓄積し、マングローブやそこで暮らす生き物たちの舞台を作っている。

しかし、この風景も決して永遠に続いてきた自然そのものではない。
20世紀になると、船舶が安全にマグダレナ川を出入りできるよう、河口に巨大な導流堤「タハマール(Tajamar)」が築かれた。川の流れを集中させ、河口にたまる土砂によって航路が塞がれるのを防ぐためである。
その結果、河口周辺では水の流れや土砂の移動が大きく変化し、マジョルキンを含むデルタ地形も大きく姿を変えていった。研究によれば、タハマール建設後にはマジョルキン周辺のデルタシステムが後退し、湿地の縮小や海岸線の変化が進んだとされている。

今回、私が観光列車で向かったPlaya Puerto Mochoも、まさにこの川と海の境界にある場所だった。
車窓の向こうにはマングローブが広がり、やがて視界が開けるとカリブ海が現れる。
大河が運んできた細かな土砂によって濁った水と、カリブ海の青。
その境界では、水の色がはっきりと変化し、海と川がせめぎ合っているようにも見える。

サンゴ礁という海の生命が時間をかけて石になり、人間がその石で城壁を築いて街を守ったカルタヘナ。
アンデス山脈が削られた土砂が大河に乗って海へ注ぎ、マングローブの湿地を作りながら、人間が航路を開くためにその流れを変えていったバランキージャ。
車でわずか2時間ほどの距離にある2つの街は、カリブ海という同じ海を抱えながらも、大地と人間が織りなしてきたストーリーの質感が全く異なっていた。

ボゴタの涼しい高地からやってきた身には容赦のない暑さだったが、その暑さこそが冷たいビールをこれ以上ないほど美味しくしてくれた。
海で遊び、街を歩き、音楽を聴き、海の幸を頬張る。
その合間に、足元の石や目の前の川を少しだけ眺めてみる。
カリブ海の暑さと、大地の長い旅に――乾杯。

2024年度2次隊 コロンビア 品質管理・生産性向上 堤大耀

SHARE

前 最新記事一覧

JICA海外協力隊サイト関連コンテンツ

  • 協力隊が挑む世界の課題

    隊員の現地での活動をご紹介します

  • JICA 海外協力隊の人とシゴト

    現地の活動・帰国後のキャリアをご紹介します

  • 世界へはばたけ!マンガで知る青年海外協力隊

    マンガで隊員の活動をご紹介します

TOPへ