2025/12/16 Tue
活動 生活 自然
Hurricane Melissa / Oct. 28, 2025

皆様、今週はいかがお過ごしでしょうか? たまちゃんです

29日。それは静かな朝でした。 家の周りを見て呆然とします。
景色はすっかり変わり、木や電柱はなぎ倒されトタンや屋根は吹き飛ばされていました。
ただただ自然の力のすさまじさを目の当たりにします。
近隣住民も道端へ出て様子を見たり、声を掛け合ったりしています。
中には落ちたブレッドフルーツ(パンの実)を拾っている人もいました。
夕方頃、近くのお店が開いていたので水や食料を買い足しました。
ここで驚いたのが、レジに並ぶ人の手には数袋のスナックとジュース(またはお酒)だけ。
それぞれ買う物が違ってもカゴいっぱいに買う人は誰一人いませんでした。これが何を意味しているのかは分かりませんが、私はこの時「なんて素晴らしいんだろう」と思いました(日本であれば買い占めが起きてもおかしくありませんから)。
(その真意は分かりませんが)ただ私は、今必要な分を手に取る彼らの姿を見てそう思ったのです。
30日。VCさんが安否確認のためにKingstonキングストンから来てくれました(何故なら連絡が一切できなかったから)。そしてその場でKingstonへ移動することが決まり、急いで準備。
次の日には最も被害の大きかったSt. Elizabethセントエリザベスの隊員も移動してきました。
みんな疲れた様子でしたが、お互いに無事を確認して一安心。
私がSt. Annへ戻ったのは11月16日。
この頃にはSt. Annの中で東に位置するOcho Rios(オーチョリオス)という観光地のある地域から海岸沿いを西側へ行ったところにあるDrax Hall(デラックスホール)という地域にかけて電気が復旧していました。またこの地域はネットも比較的繋がるようになっていました。
その3日後にはさらに西側にあるSt. Ann’s Bay(セントアンズベイ)まで電気が復旧します。
「確実に復旧してきている」そう期待を膨らませ、電気やネットを探しながら活動をする毎日。
― St. Annへ戻って1週間は学校の様子を見に行ったり、先生と連絡を取って状況を確認したりしていました。
その後は授業を再開した学校を訪問し、農業分野のトレーニング(授業)を行っていました。
St. Annへ帰ってきて2週間。流石に限界が近づいているのを感じました。
自宅周辺は電気もネットも使えず、配属先の事務所は水も出ない状態でした。
しかし、トレーニングのために資料を準備するにも書類を作成するにもパソコンを使います。誰かと連絡するにはスマホを使います。電気がなければこれらの充電ができず、ネットが使えなければ電話も調べ物もできません。
作業が進まないのです。
それでもトレーニングの日程は決まっているので、St. Ann’s BayやOcho Riosの図書館やカフェで少し長く居させてもらい、なんとか形にします。
家へ帰れば暗くなる前に食事やシャワーを済ませ、夜はランタンを点け暗がりでパソコン作業をしたり日記をつけたり。
“あれ調べたい!”や“音楽を聴きたい!”と思ってもできないもどかしさがとても辛かったです。
食事は冷蔵庫が使えないので日持ちしないものはあまり買えず、作り置きもできません。
根菜類のスープとツナマヨ丼がこのときは一番美味しく感じました(炊飯器は元々ないので鍋で炊きます)。
そして溜った洗濯物は土日のどちらかで手洗いします。
そうそう、ハリケーン後は“蚊”との戦いでもあります。
水たまりがあちこちにでき、そこから蚊が大量発生するからです。
これが本当に嫌でした。痒いのも嫌ですがデング熱になっては大変なので、毎日蚊取り線香を焚いて虫除けを体に塗ります。
“もうダメかもしれない” そう思ったのは11月30日の夜でした。
いつまで続くか分からない不安とストレスで追い詰められていたのかもしれません。
そんな心の叫びが通じたのか(いえ、修理をしてくれた電気会社の皆さんのおかげ)、翌日の12月1日。
ついに自宅の電気が復活!!!
嬉しさのあまり叫び、、はしませんでしたがそれだけ嬉しかったです。
その1週間後、自宅のネット環境も回復します。

この2ヶ月で痛感したのは、私は沢山のものに依存し生活をしているということ。
― 水や電気、ガス、その他資源、食べ物のありがたさを実感し、
それらが私たちの手に届けられるまでに沢山の人が支えてくれていることを目の当たりにしました。
私がこうしてジャマイカで過ごせていることも沢山の人に支えられ、応援してもらっているからこそ。
沢山の人やものに支えられ、今日がある。
これらは私の心に深く刻まれました。
12月中旬。私の家では元の生活に戻りました。
今年はいつもとは違った気持ちでクリスマスを迎えることになりそうです。
訪問した学校の先生の中には今も電気や通信、水でさえも十分に使えていない人達がいます
(その他にもジャマイカ国内では家さえも失ったり、毎日のように修復作業をしたりする人達がいます)。
今も続いているのです。
先生達の話を聞き、ただただ “そうだね、、” と相槌を打つしかできないことがとても悔しかったです。
私は協力隊員として、一人の人間として何ができるのか。
学校はもうクリスマス休暇に入ってしまいますが、今の私にできることは
生徒や先生達にトレーニングで学びを深め、楽しんでもらえるように全力で取り組むことと、
より多くの人と顔を合わせて沢山話すことなんじゃないかと思っています。
最後までご覧頂きありがとうございました。
Respect!!(ありがとう)
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