2026/06/26 Fri
人 小学校 文化
「2年間、マラウイに住むということ」

名前:榎本 大祐
隊次:2024年度1次隊
職種:小学校教育
配属先:カゾンバ小学校
出身地:福岡県
私の協力隊生活も2024年8月に赴任してから、いよいよ終盤を迎えています。少し気が早いかもしれませんが、2年間マラウイに住んでみて感じたことを書きます。
最近になって強く感じるのは、「知識」と「経験」は違うということです。 今は、インターネットで調べれば大抵のことは分かります。AIに聞けば、それらしい気の利いた答えも返ってくるでしょう。日本にいたとしても、マラウイについて調べれば多くのことを「知る」ことはできます。また、英語や現地語であるチェワ語、トゥンブカ語を操る人がインタビューを重ねれば、私よりも多くの知識を手にできるかもしれません。
しかし、そうやって知識を積み上げたとしても、マラウイでの「本当の生活」は分かりません。
マラウイの主食がシマであると知識で分かっても、出来立てのシマを触ったときの、あのびっくりするほどの熱さは分からないでしょう。
インフラが不安定だとは知っていても、停電した夜の長さ、本当の暗闇、そしてその先にある星の美しさは分かりません。
乾季と雨季があることは分かっても、雨季が来てもなかなか雨が降らない時の彼らの焦り、そして乾季が来た時の、あの突き抜けるような空の青さは分かりません。
死亡率などのデータは分かっても、実際にどれほどの頻度で人が亡くなるのかを実感することはできません。また、大切な人を亡くしたときに響く、彼らの祈りの歌の切実さを感じることもできません。
日に日に上がる物価や燃料危機に直面し、それを受け入れるしかない彼らの言葉を聞くことも、そんな中でも毎日毎日、飽きもせず大声で笑いながら過ごす彼らの笑顔の力も、伝わることはありません。
これが、2年間「住む」ということなのだと感じました。 そしてそれは彼らにとってもきっと同じです。日本という国を調べることで知識は得られるかもしれませんが、実際に一人の日本人と過ごすことで、初めて得られた気づきがあったのではないでしょうか。
1か月後には、私も日本に帰ります。協力隊としてこの2年間を社会に還元していく必要があります。 果たして、どうすればこの経験を還元できるのだろうか。
アラスカで写真家として活動されていた星野道夫さんの著書『旅をする木』の中に、ある友人との対話が記されていました。 「たとえば、こんな星空や綺麗な夕日を一人で見ていたとして、もし愛する人がいたら、その美しさや気持ちをどんな風に伝えるか」という話です。写真を撮るか、絵を描いて見せるか、言葉で伝えるか。その友人はこう言いました。
「自分が変わっていくことだと思う」と。 その夕日を見て、感動して、自分が変わっていくことなのだ、と。
私も、この2年間はそうすることでしか伝えられないのではないかと感じています。写真や言葉でも少しは伝えられるかもしれませんが、全ては伝えられません。むしろ言葉にすることで、私の経験を「言葉」という殻に無理やり詰め込んでしまうような、もどかしい感覚にさえなります。
ならば、答えはひとつです。 この2年間を経験して「変わった自分」として、社会で生きていくこと。それに尽きるのだと思います。
そんな私が社会に戻る。また、私と関わったマラウイの人たちも、私との経験を経て、またそれぞれの日常を過ごしていく。
これはデータや実績という形では残りません。 しかし、目にはさやかに見えずとも、その「変化」が世界をより美しくしていくのだと、私は信じています。
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