2026/10/16 Fri
スポーツ 人 歴史
80年前の先生たちと、同じテニスコートで

こんにちは。
ポンペイ島でテニスコーチをしている高野です。
任期も残りわずかになった今、私の活動先であるテニスコートの歴史を、あらためて知る機会がありました。
ポンペイ州コロニアには、1914年から1945年まで続いた日本統治時代の遺構が点在しています。終戦時には約1万4千人の日本人が暮らしていて、現地の人口(約5,400人)をはるかに上回っていたそうです。
有名なものでは、ソケース山の砲台やエースハードウェア裏にある戦車などがありますが、その中に、南洋庁ポナペ国民学校(日本人の子どもが通った学校)の跡地があります。校舎は空爆で失われましたが、校門の階段と門柱は今も残っています。
資料によると、この国民学校の教職員がテニスを楽しんだコートが、跡地にあったと言われています。
そして、それが今も使われているというのです。
実はそのコートこそ、私が毎日のように通い、選手たちにテニスを教えている活動先のコートです。
同じ一帯には、奉安殿(ほうあんでん)も残っています。天皇・皇后の写真(御真影)と教育勅語を納めた建物で、祝典では全員が最敬礼して教育勅語を奉読し、登下校で前を通るときも、服装を正して最敬礼する決まりだったそうです。
終戦後にGHQがこれら帝国主義を連想させるような建物の解体を命じたため、日本本土はともかく、旧委任統治領で残っているということは世界的にも珍しいとのことです。日本の教育者の皆様にはぜひ見学に来てほしいですね。
80年以上前、日本人の先生たちがラケットを握っていた場所で、今は私がポンペイの選手たちとボールを打っている。コートに立つたびに、この場所が積み重ねてきた歴史を感じます。
そして、日本とポンペイをつなぐ歴史の続きに、日本人の自分がテニスを通じて関わっていることを、誇りに思いますし、そこに、不思議な縁を感じます。
その歴史の上に立てたことを、残りの任期でも、これからも大切にしたいと思います。
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