2026/06/23 Tue
文化
隊員Gのセントルシア日記_84 〜Storytelling & Mural〜

配属先のカレッジでの活動も、3期のセメスター(学期)と、2期のサマー・セッション(夏季集中講座)を終えました。いよいよ、残り1セメスター(2026/27 Semester I)となります。もちろん私一人で授業を担当することもありましたが、多くはチーム・ティーチングの状態で、授業を担当しました。主担当の先生の補助役として、講義を聴きながら、机間巡視をして質問対応したり、課外に遅進学生を個人指導したりして、一人一人の学習活動を支援したのです。私のキャリアは、一途に中高一貫校での数学教師でしたので、「いつか大学で教えたい」「もう一度大学で学びたい」という夢を持ち続けてきました。そして、幸せなことに、セントルシアの協力隊活動を通して、2つの夢が同時に叶ったことになります。
さて、様々な先生の講義を聞く中で、共通して感じることがありました。それは、みなさん一様に、ストーリー・テリングのスキルに長けているというところです。まるで、物語を聞かせるように、微積分や三角関数や統計の概念を、情感を込めて、学生達に語りかけます。恥ずかしながら、プロフェッショナルの私も、物語の美しい語り口に引き込まれてしまいます。もしかすると、英語という言語自体が、日本語よりもストーリー・テリングに適しているのかも知れません。そう言えば、日本語よりも英語の方が、ロジックの説得力を組み立てやすいのは確かです。ところが、先生たちは、無駄話をするときも、話が上手い。そして、教育関係者に限らず、コミュニティの中の日常会話においても、話好きの人は多く、ストーリー・テリングに磨きがかかっているのです。特に、人生観や宗教が絡むと、どの話者も、しっかりと相手に伝いたい様子で、ますます熱が入ります。どうやら、このスキル形成には、何か特別な種明かしがあるようですね。

奴隷制度の時代、西アフリカの様々な部族から集められた人々は、初めのうち共通の言葉をもちませんでした。次第に、接触言語・ピジンが形づくられ、交易言語・クレオールへと成長していきます。しかし、それぞれの民族の文化背景は異なりますので、日本語のようなハイ・コンテキスト言語とはなり得なかったようです。雰囲気が読まれることは叶いませんので、しっかりと自分の意思を伝える必要があったのです。アメリカ英語のようなロー・コンテキスト言語として、クレオールも育ってきたのではないか、というのが私の推論です。もちろん、その昔、口承文化の伝統が西アフリカから持ち込まれたこと、教会における説教が人々の暮らしの拠り所となっていたこと等、複合的な要因が考えられることでしょう。いずれにせよ、様々な社会構造の中で鍛えられたストーリー・テリングの豊かな文化が、今もコミュニティーの中で息づいているのです。

風刺の込められたカリプソや、ゴスペルのコール&レスポンス、カーニバルの仮装行列の中にも、物語性を感じますので、もしかするとカリブの人々はストーリーそのものが好きなのかも知れませんね。そして、私たちの身の回りにある、素敵な壁画文化の物語性の中にも、その嗜好性を大きく感じ取ることができます。識字率の低かった時代、口承や壁画には、コミュニティーの生活の知恵を後世に伝えるという、一定の役割があったことでしょう。しかし、今はもうセントルシアの識字率は95%前後と考えられています。奴隷解放から約190年が経過しようとしている現代においても、ストーリー・テリングや壁画が、文化や芸術として、人々に親しまれ、愛されているのです。遥々、祖先から受け継いできた文化が、現代人に「いいね」と迎え入れられる。とても素敵なことではありませんか。ノーベル文学賞を受賞したDerek Walcott氏が、古代ギリシャの叙事詩「Homer」を利用しながら書き上げた「Omeros」。セントルシアの国旗をデザインしたDunstan St. Omer氏が、描いた黒いキリスト像の壁画。彼らの名声が、永く国民から讃えられる理由が、少しずつ見えてきたような気がします。
SHARE





