2026/10/07 Wed
生活
Ngorの海 ~集い、繋がり、寄り添う~

「途上国」と聞くと、「物やサービスが不足している国」というイメージを持つ人もいるかもしれない。
かつての私もそうだった。
初めて海外で生活した20代。最初の数か月は、日本にはあるのにその国にはない物ばかりが目についた。
「日本ならもっと便利なのに、どうしてこれがないのだろう」と。
しかし、面白いもので、ある時を境に、少しずつ見えるものが変わってきた。
「ないもの」ではなく、「この国だからこそあるもの」に目が向くようになったのだ。
それは、その土地に暮らすからこそ気づけるものなのかもしれない。そして私は、それこそが、その国に住む醍醐味だと思っている。

私が現在暮らしているのは、Sénégalの首都Dakarにある海辺の町Ngor。
Ngorの海には、古くからレブ族が暮らしてきた。漁をする人がいて、泳ぐ人がいて、海辺に人が集う。
私のお向かいに住むマミーが、「Hadiも一緒に行こう!」と誘ってくださったことが、この取り組みを知るきっかけだった。
「マミー」はフランス語で「おばあさん」という意味だが、セネガルでは、年長の女性に親しみと敬意を込めて使う呼び方でもある。
私が出勤する時間になると、マミーは「アクアジムに行くのよ」と言って、いつも軽やかに家を出ていく。
私はてっきり、どこかのスポーツジムに通っているのだと思っていた。
ところが、ある日連れて行ってもらった先は、ジムではなく、近くの海だった。
そこには驚くほどたくさんの中高年者が集まっていて、インストラクターの動きに合わせて身体を動かし、
声を掛け合いながらトレーニングに励んでいる。
海の中で、これほど多くの人が一同に身体を動かしている光景は、とても新鮮で、それはそれは圧巻だった。
そこで私は、マミー自身の話を初めて詳しく聞いた。
マミーが膝に痛みを感じ始めたのは、2010年のことだった。
病院に通い、治療を続けた。しかし、痛みは良くなるどころか、次第に強くなっていった。やがて脚はX字に曲がり始めた。
2013年に転院し、詳しい検査を受けた。
医師から「膝が完全に壊れている」「5年後には歩けなくなるだろう」と宣告された。
2016年まで、通院しながら痛み止めを飲んで生活したが、状態は末期に近づき、医師からは「もう手術をするしかない。このままでは、そろそろ歩けなくなる。」と告げられた。
提案されたのは、人工関節手術だった。手術の費用は、両膝で600万FCFA(当時のレートで120万円)。
それだけの費用を払っても、100%良くなるという保証はない。そもそも人工関節が身体に適応しない人もいる。
「保証がないのに大金を払う意味はあるのか……」なかなか決断できなかった。
そんなとき、アクアジムの存在を知った。
そこには同じように身体の痛みを抱えながら、海に通っている人たちがいた。
「これにかけてみよう」そう思ったという。
水着や必要な道具をそろえるためのお金は決して安くなかった。それでも、600万FCFAという手術費用に比べれば、はるかに現実的だった。
マミーはアクアジムに通い始めた。そして、それをきっかけに病院への通院もやめた。
現在まで10年間、週に3回、海に通い続けている。
かつて「5年後には歩けなくなる」と言われたが、今も自分の足で歩いている。
もちろん、アクアジムによって膝の病気の進行が止まったと断言することはできない。
しかし、「今もこうして歩けているのは、アクアジムのおかげなのよ。」この言葉に疑う余地はない。
日本にも、水の浮力を利用した水中運動やリハビリテーションがある。
しかし、Ngorで私が目にしたのは、病院や専門施設の中にあるプールではなく、家のすぐ近くにある海だった。
そこには、同じように身体の痛みや不自由さを抱える人たちが集まり、身体を動かし、声を掛け合っている。
海は、治療を受けるためだけの場所ではなく、人と人が繋がり、励まし合いながら、自分の身体や人生と向き合う場所にもなっているのだ。

Ngorの海には、古くからレブ族が暮らし、海辺に人が集う。
そして、今では、失いかけた日常を取り戻そうとする人たちも海に入る。
それは、一見すると「特別な施設がない」ということの裏返しにも見えるかもしれない。
けれど、私は「ないもの」を数えるのではなく、「ここにあるもの」に目を向けたい。
目の前の海は、人々の生活を支える大きな資源なのだ。
それは、病院の代わりでも、プールの代わりでもない。
この町に昔からある海だからこそ生まれた、人々の知恵と繋がりなのだと思う。
今日もマミーは、海へ向かう。
「アクアジムに行ってくるわね」と颯爽と家を出ていく。
その後ろ姿を見ながら私は思う。
この海があること。そして、この海に集う人たちがいること。
それは、Ngorという町が持つ何にも代えがたい豊かさなのだと。
障害児・者支援 立石麻由子(Hadi Diallo)
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