JICA海外協力隊の世界日記

セネガル便り

ルーツが違う人々とともに生きること

Assalaam Aleykum (こんにちは)

Naka mu? (いかがお過ごしですか?)

毎日100回は言っている現地語のウォロフ語で挨拶してみました。みなさん初めまして、保健師隊員のAdja Ndiaye(セネガル名:アジャ ンジャイ)です。

私は首都ダカールから約100km内陸にある街、バンベイに住んでいます。日本の東京と山梨ぐらいの距離感ですが、気候が全然違います。とにかく暑い。これを書いている今も気温43度の灼熱…(汗)。セネガルの人々からも「バンベイに住んでいるの?あそこは暑いよねー(笑)」と言われます。

そんなバンベイには大きなバオバブの木がたくさんあって、砂漠のような土地なのでラクダの牧畜も見かけます。時々、遊牧民のプラール族の人がラクダミルクを売っています。(少し塩気のあるすっきりした牛乳みたいな味でした)

さて、前置きが長くなりました(笑)。

最近ふと考えた「ルーツが違う人々とともに生きること」について書きます。

セネガルには20を超える民族が住んでいるとされています。一番多くの割合を占めるウォロフ族(国民の約4割)、漁業や農業に多く従事するセレール族、前述した遊牧民のプラール族など。それぞれに異なる文化と言葉を持ち、今でも大切に受け継がれています。その中でもウォロフ語は話者が多く、異なる民族間でも円滑にコミュニケーションをとるための共通語のような役割を果たしています。

子ども達は学校では、公用語の「フランス語」で授業を受けて、友達と話すときには「ウォロフ語」を話し、家では自分たちの「民族の言葉」を話す。そんな日常を送っています。

日本では異なった言語に触れる機会があまりないので(英語くらいかな?)、幼い頃から3言語以上を自由自在に操って生活していることに驚きます。

あるとき、こんな疑問が浮かびました。

「セネガルの人たちは民族が違う人と“普通”に暮らしているけど、本人たちはどう思っているのだろう」

一緒に活動する小学校の先生のセネガル人に聞いてみました。

「あー、民族の違い?そんなのいちいち確認しないよ。同じ人間、ただそれだけ。」

気づいたのは「人間という大きなくくり」で見ているということでした。確かに、お昼時に道を歩いているだけで「一緒にご飯を食べよう」と誘ってくれて初対面でも同じ釜のご飯を食べたり、通りがかりの馬車が「どこまで行くの?歩くのは大変だから乗っていきな」と声をかけてくれたりと“外国人”である私にもセネガルの人々と同じ暮らしに招き入れてくれる、そんな懐の深さを感じます。

「同じ人間」シンプルではあるけれど、実践するとなると簡単ではないように思います。

私は現在の日本において、外国人をはじめとするルーツが異なる人々とどのように一緒に暮らしていくのか、社会を創っていくのかという側面に閉塞感を覚えます。

民族(ルーツ)が異なっていても“普通”に暮らしているセネガルの人々の姿から、どうしたら日本でも同じように誰もが「同じ人間」として“普通”に暮らしていけるのだろうかと考えます…

答えは簡単には見つからないけれど、お互いの文化や言葉の違いをリスペクトしてコミュニティを創っているセネガルの人々と共に過ごしながら考え続けていきたいです。

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