JICA海外協力隊の世界日記

セネガル便り

助産師/"安心"と"安全"は同じだろうか

アッサラーム アライクム!(こんにちは)

2024年度2次隊、助産師隊員の斎藤千尋と申します。
セネガルの首都から車で約5時間のところにあるリンゲールという街で、日々活動しています。

セネガルでの生活が始まって、1年が過ぎました。

この1年の中で、何度も立ち止まって考えてしまうことがあります。
それは、「出産において、何が大切なのか」ということです。


リンゲールの医療施設では、分娩室や陣痛室に個室はなく、数人の女性が同じ空間で陣痛や産後の時間を過ごします。
家族などの出入りも多く、プライバシーが守られているとは言えない環境です。

そして、陣痛中に助産師がそばに付き添い、声をかけ続けるという場面は、ほとんど見られません。
「大丈夫だよ」「頑張っているね」といった言葉をかけることも、ほとんどありません。

最初は戸惑いました。
「どうして誰も寄り添わないのだろう」と。

日本では、医療者と家族がともに産婦さんに寄り添い、安心して出産に向かえるよう関わることが当たり前だったからです


あるとき、出産後の処置に立ち会う機会がありました。

出産でできた傷を縫う際、麻酔は使われていませんでした。
私がそばにいた女性は、痛みに顔を歪めながらも大きな声を出すことなく、ただ必死に私の腕を握りしめていました。
布を口に当てて声を押し殺すようにして耐えている姿が、今でも忘れられません。

その場は、とても静かでした。
日本の分娩室よりも、ずっと静かに感じました。


思い返せば、赤ちゃんが泣いたときに、すぐに「ノッピ!(静かに)」と声をかけられている場面をよくみます。
泣いてる子を見ることも少ないと感じます。

小さい頃からそうした環境の中で育ってきたからなのか、
自分の感情や痛みを表に出さずに、じっと耐えることが当たり前になっているのかもしれない——
そんなふうに感じることもありました。

静かに、淡々と出産を終えていく姿は、とてもたくましくも見えます。
けれど同時に、そこに寄り添いがないことを、どこか切なく感じてしまう自分もいました。

それは、私がこれまで思い描いてきた「温かいお産」とは、少し違うもののように感じられました。

けれど、ここで過ごすうちに、少しずつ見えてきたものがあります。

この場所で女性に寄り添っているのは、助産師ではなく、家族や地域の人たちでした。
母や姉妹、そして時には、これまで多くの出産を見守ってきた“お産婆さん”のような存在。

村では、病院ではなく、地域で長くお産を見てきた人に取り上げてもらい、自宅で出産する女性もいます。

信頼できる人にそばにいてもらうこと。
それが、その女性にとって大きな安心につながっているのだと感じました。

自宅での出産には、その人なりの理由があります。

プライバシーが守られた空間で、静かに出産を迎えられること。
医療施設のように人の出入りを気にする必要がないこと。
夜間で移動手段がないこと。
そして、「特に問題がなければ病院に行く必要はない」という考え方。

「病気になったら病院に行く場所」という認識が強く、出産は必ずしも医療と結びついていないこともあります。
一方で、どのようなときに急いだ医療処置が必要になるのか、なぜ医療施設での出産が勧められているのかについて、十分に知られていないと感じる場面もありました。
また、それが十分に伝えられていない現実もあります。


そんな中で、自宅での出産が選ばれる背景について書かれた文献を読む機会がありました。

そこには、医療施設までの距離や費用だけでなく、施設に行くタイミングがわからないことや、医療者からの説明不足、帰宅を指示されることで再受診の機会を逃してしまう現状など、さまざまな要因が重なっていることが示されていました。
また、施設でのプライバシーの問題や、地域のつながりによる「周囲の人の目」への負担も、
自宅分娩が選ばれる理由とされていました。

それを知ったとき、これまで感じていた戸惑いが、少しだけ揺らぎました。

「なぜ病院で産まないのだろう」と思っていたことが、
必ずしもその人たちの“選択”だけではないのかもしれない。

そう感じるようになりました。

そうした中で、私は
「安全」と「安心」は、同じものなのだろうか。
と考えています。

家族に囲まれ、信頼できる人にそばにいてもらいながら出産すること。
それは、確かにその人にとっての安心であり、自然な選択なのかもしれません。

もしかすると、自宅での出産は、ただ“よくないもの”として切り離せるものではないのかもしれない、とも感じます。

けれど同時に、どんなに安心できる環境であっても、
急な出血や異常が起きたとき、その場で適切な医療が受けられなければ、命を守ることはできない、と強く思います。

「安心して産めること」と、
「安全に産めること」。

その両方を守ることは、こんなにも難しいのだと感じています。
日本では、その両方を大切にできる環境があることにも、ここに来て初めて気づきました。

では、本当に大切にしたい出産とは、どんなものなのだろうか。

「どこで産むか」ではなく、
「どのように産めるか」。

そしてその選択が、

“知らないまま”ではなく、
“知った上で”できるものであるために。

少しでも女性たちが自分自身で安全を守れるように、危険なサインや予防、栄養について伝える活動を日々続けていきたいと思っています。

そして、セネガルの女性にとっての「出産において大切なもの」について、
答えを探し続けていきたいと思います。


長くなってしまいましたが、お読みいただきありがとうございました。
Jërjëf (ありがとう!)

2024年2次隊,助産師,リンゲール 斎藤千尋

SHARE

最新記事一覧

JICA海外協力隊サイト関連コンテンツ

  • 協力隊が挑む世界の課題

    隊員の現地での活動をご紹介します

  • JICA 海外協力隊の人とシゴト

    現地の活動・帰国後のキャリアをご紹介します

  • 世界へはばたけ!マンガで知る青年海外協力隊

    マンガで隊員の活動をご紹介します

TOPへ