2026/05/11 Mon
文化 生活
任地の家族と過ごしたイースターという時間

トベラ!レガーイ?(こんにちは!お元気ですか?)
南アフリカにも秋が訪れ、朝晩は冷え込むようになってきましたが、日中はまだ強い日差しが残っています。
私はリンポポ州のマセアラマという山間の地域で、
青少年活動の分野で派遣されているジャーニー・メシウス・テーマこと岩永です。
(任地で配属先兼大家のテーマ家の息子として迎え入れられ、この名前を授かりました。)
先日、4月の初旬にイースターのため4連休がありました。
その期間中、ここテーマ家でも親戚一同が集まり、日本でいうお盆のような時間を過ごしていました。
今回は、その様子をお届けします。
■ 家族が集まるイースター
この期間は、近所の人や親戚が次々と家を訪れます。
普段は離れて暮らしている家族も戻ってきて、家の中は一気に賑やかになります。
子どもたちは家の中や外を行き来し、大人たちはそれぞれ会話を楽しみ、
特別な予定があるわけではないのに、常に人がいる状態が続きます。
日本のお盆のように、「帰ってくる場所」としての役割を、このイースターは担っているように感じました。
本来は教会に行くことが多いそうですが、今回は皆んな家で過ごしていました。
■ 祈りから始まる朝
イースター当日の朝、目を覚ますと、私の寝室のすぐ横の植え込みでお祈りが始まっていました。
流れに身を任せるように私も参加しました。
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※1 左の建物が私の寝室
一人ずつ植え込みに向かい、自家製の伝統的なビールを地面にかけ、
さらに嗅ぎタバコをぱらぱらと振りかけながら祈りを捧げていきます。
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※2 ビールの容器
※3 直接鼻に詰めて楽しむタバコ
見慣れた家族の風景でありながら、どこか緊張感のある時間でした。
後から聞くと、この祈りは祖先に対して捧げられるものだそうです。
日常の中に、目に見えない存在と向き合う時間が自然と溶け込んでいるように感じられました。
■ 自家製ビールという文化
この祈りの場で使われていたのが、自家製の伝統的なビールです。
キングコングモルトという麦芽製品と、ミリミルと呼ばれるトウモロコシの粗い粉、水を混ぜ、
2〜3日自然発酵させて作られます。
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※4 発酵後の自家製ビールをこす様子
甘酒のような香りが特徴で、味はクリーミーでベルギーのランビックビールのような強い酸味があります。
ホップが入っていないため苦味はなく、日本のラガービールとは全く異なる飲み物でした。

このビールは日常的に飲まれているものではなく、イースターのような特別な日にのみ作られるものです。
(個人消費の場合はライセンス不要)
日常と非日常をつなぐ存在として、このビールがあるように感じました。
■ 命をいただくということ
祈りの後、植え込みに向かってニワトリとヤギの首が落とされ、男性たちがそれをさばきます。
この地域では、家族が集まる特別な日に、家畜をさばき、その命を分け合う文化があります。
肉は部位ごとに分けられ、骨ごと斧で砕かれ、鍋で煮込まれていきます。
内臓も無駄なく使われ、余すことなく調理されます。
※次の写真では、家畜の解体の様子が含まれます。苦手な方はご注意ください。
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※5 ヤギの解体
普段、パックに入った肉しか見てこなかった私にとって、「食べる」という行為の現実を目の前で突きつけられるような感覚でした。
同時に、それが特別なことではなく、自然な流れとして行われていることにも印象を受けました。

■ みんなでつくる食事
男性が肉の処理をする一方で、女性や子どもたちは野菜を切り、パップ(トウモロコシの主食)を準備します。
大きな鍋でパップが練られ、野菜や肉の料理が次々と出来上がっていきます。
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※6 野菜は子ども担当
※7 パップ作りはかなり力のいる作業
誰かが指示を出すわけではなく、
それぞれが自然と役割を担いながら動いていきます。
家族全員で一つの食事を作るというよりも、
気づけば全員が関わっている、という感覚に近いものでした。
■ 食卓のかたち
昼過ぎになると、料理が並び、ビュッフェ形式で食事が始まります。
各自が一つの皿に好きなものを取り、思い思いの場所で食べていきます。
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※8 手で食べるのが一般的
この形式は、葬式などの場でも同じです。
実はこれまで(赴任してから2ヶ月半)に、私はこの地域で葬式に4回参加しました。
どの場面でも、多くの人が集まり、同じように食事が振る舞われていました。
日本では、食事は家族や人との関係を深める時間としての意味合いが強いと感じています。
しかしこの地域では、日常的にみんなで食卓を囲む習慣はあまり見られず、
それぞれが自由なタイミングで食事を取ることが多い印象です。
そのため、大勢で集まる場であっても、
「一緒に食べる時間」というよりは、
それぞれが食事を取るという形に近い印象でした。
また、葬式などでは多くの人が集まりますが、食事が振る舞われることもあり、その機会を求めて
故人にあまり関係がないものの来ている人もいるのではないかと感じる場面もありました。
こうした背景には、地域ごとの経済状況や日常の食事環境も関係しているのかもしれません。
この経験を通して、「食事」という行為の意味が文化によって異なることを実感しました。
■ 音楽と踊りの時間
食事の後は、お酒を飲みながら話をしたり、音楽に合わせて踊ったりします。

各家庭には大きなスピーカーがあり、行事のたびに音楽が流れ、自然と人が集まり、踊りが始まります。
特別なステージがあるわけではなく、庭先や空きスペースがそのまま踊りの場になります。
音楽とダンスは、この地域において
人と人とをつなぐ大切なコミュニケーションの一つだと感じました。
■ 祖先を訪ねる(お墓参り)
翌日、私はテーマ家のママと共にお墓参りへ行きました。
墓地には多くの車が集まり、たくさんの人が訪れていました。
お墓の前には小さな出店が出るほどです。
この地域では、一人ひとりにお墓があるため、
お参りの際は、複数の墓を巡りながら少しずつ花を分けて供えていきます。
また、ここでも嗅ぎタバコを振りかけて祈りを捧げます。

墓石には花の彫刻だけでなく、動物や音楽の記号、本の形など、
その人の個性を表すものが刻まれていました。
中でも印象的だったのは、クマの人形の形をしたお墓です。
一見すると可愛らしいその形は、亡くなった子どものために建てられたものでした。
実際にそのようなお墓がいくつもあることから、
この地域では子どもが幼いうちに亡くなる現実が、決して遠いものではないことを感じさせられます。
普段の生活では意識しにくい現実が、こうした場所では静かに表れていました。
また、日本では一つのお墓に家族が一緒に入ることが一般的ですが、ここではそれぞれが独立した墓を持っています。
そのため、お参りも一箇所に集まって行うのではなく、個々の墓を巡りながら向き合っていく形になります。
歌を歌う家族や、写真を撮る人々の姿もあり、
祖先を訪ねること自体が、大切な行為として共有されているように感じました。
■ 地域が集まるサッカー
そのまた翌日、イースターにはサッカーの試合を見に行くのが恒例だと聞き、
近所のお婆ちゃんと一緒に観戦に行きました。
近隣の集落のチームが集まるトーナメントで、
地域の人々が応援に集まります。
それぞれが自分の地元のチームを応援しており、
知り合いや同じ地域の人たちが集まって試合を見ている様子が印象的でした。
その姿は、お盆の時期、地元の高校を応援する夏の甲子園のような光景にも感じられました。
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※9 ゴールはネット無し
ただ、試合を真剣に見続けるというよりは、
観戦しながら世間話をしたり、それぞれが思い思いに時間を過ごしている様子も見られました。
会場には食べ物や飲み物の出店も並び、自然と人が集まる場になっていました。
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※10 観戦する人々
※11 パップと軽食を売る出店
この場は、サッカーの試合を観るというよりも、
地域の人たちが自然と集まる「コミュニティの場」としての意味合いが強いように感じました。
ここでもまた、地域のつながりを強く感じました。
■ タービンというもう一つの交流の場
その後、サッカー観戦に来ていたパパと合流し、近所にある「タービン」と呼ばれる酒屋へ行きました。
タービンにはビリヤード台があったり、DJが音楽を流していたり、
テレビでサッカーが流れていたりと、場所ごとに様々な特徴があります。

ここでもまた、地域の人々が集まり、酒を飲みながら世間話をしていました。
伝統的な儀式や家族の集まりとは異なる形ではありますが、
こうした場所もまた、この地域における大切な交流の場であると感じました。
■ イースターという時間
今回、テーマ家で過ごしたイースターは、私にとって非常に印象的な時間となりました。
親戚や近所の人々が自然と集まり、普段は離れて暮らしている家族が一堂に会する。
祖先を訪ねてお墓参りをし、顔を合わせた人たちと会話を交わしながら時間を過ごす。
それぞれの出来事は特別な行事というよりも、日常の延長の中にあり、
人が集まり、同じ時間を共有することそのものに意味があるように感じられました。
文化や宗教は異なっていても、
「人が集まり、祖先を想い、同じ時間を過ごす」という営みは、どこか共通しているのかもしれません。
南アフリカで過ごしたこのイースターは、私にとって、日本のお盆のような時間でした。
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