JICA海外協力隊の世界日記

タンザニア便り

#12 茶色い壁

ある日の午後、洗濯物を干すために庭へ出た。いつもの倍ほどの衣類を抱えているのは、いつ降ってくるかわからない小雨期の気まぐれな雨のせいだ。仕事に出かけてしまうと雨が降っても取り込むことができず、洗濯をやり直す羽目になったことが何回か続いたので、それならば出かけない日にやろうと決め、この日を待っていたのだ。溜まった衣類を一気に洗うのは、散らかった部屋が一気に片付くような感覚があり、すっきりした気分を味わえるので嫌いではない。空には雲一つなく、風も静かな日だった。近所のバーで流れているであろう軽快なリズムのタンザニアン・ミュージックがかすかに聞こえている。歌の内容はわからないが、聞き覚えのあるメロディだったので、小さな声で口ずさみながら洗濯物を次々と干していった。強い日差しのせいだろうか、額のあたりがじりじりと焼けていくようだ。この感覚にはいつまでたっても慣れることはないだろう。私は冬が好きなのだ。日本に帰ったら雪山へ行きテレマークスキーを存分に楽しんでやる。滴る汗をぬぐいながら、帰国後の楽しみを想像して気を紛らわせた。

干し終わる頃にはしっかりと汗をかいていたので、早く家に戻って冷たいお茶でも飲もうと足早に中庭を横切る。ストックしてある氷はどれくらい残っていただろうか。そんなことを考えながらドアに手をかけたのだが、その時に思いがけないことが起きた。いくらノブを動かしてもドアが開かないのだ。鍵をかけたことを忘れたのかと一瞬思ったが、ポケットには入っていない。鍵は家の中だ。スマホもリビングに置いてあるので誰とも連絡を取ることができない。あぁ終わった。心の中でそうつぶやいて、どうしたものかと空を見上げた。

一体何が起きているのかと焦ったが、このまま閉め出されるわけにはいかない。ベッドで気持ちよく寝たいし、なにより今は冷たいお茶が飲みたい。だがそんな思いを嘲笑うかのように、茶色い壁と化したドアは無言で立ちはだかっている。ゆっくりとノブを回しながらドアの隙間を覗いてみたが、連動して動くはずのラッチ(これが引っ込むことでドアが開く仕組みになっている)は完全無視を決め込んでいた。

どれくらい時間が過ぎただろうか、家の敷地に車が入って来る気配を感じた。待望の大家の帰還である。車から出てきた大家と一言二言の挨拶を交わし、早々にドアの件を切り出す。するとすぐに修理のために人を呼んでくれた。しばらくしてやってきたのは口数の少ない静かな男だった。ドアのどこに問題があるのかすぐに分かった様子で、しばらくドアノブをガチャガチャと動かすと、無言だった茶色い壁は息を吹き返した。男はここからが腕の見せ所と言わんばかりに、ノブを分解し修理を進めていく。それにしてもこのドアは随分と年季が入っている。これまでに何万回もの開閉を乗り越えてきたのだろう。そんなことを考えながら、玄関のドアをじっくり眺めるという滅多にない機会を、男の作業の邪魔にならないよう密かに楽しむことにした。

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1時間ほどが過ぎて、茶色い壁は元のドアに戻りつつあった。もうすぐ帰れるからか、さっきより作業が幾分スピーディになり、しかも鼻歌まで披露するという大サービス。取り外した部品を丁寧に取り付け直していくと、最後に男は小さな声でこう言った。

「仕上げに油を塗っておくよ」

そう言ってクリーム状の何かを塗り込んでいる。丁寧にありがとう、と伝えると男は笑顔になり、こう付け加えた。

「こうやってマーガリンを塗っておけば、もう大丈夫さ」

仕上げの油はマーガリンだった。そんなことある?笑

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どうも。タンザニアでPC隊員として活動している松原好秀です。今回は私の自宅で起きた困った話をひとつ、小説風にお届けしてみました。

それでは、今回はこのへんで。
Tutaonana baadaye!

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