2025/02/19 Wed
活動
【特別編】~先生を体験して思うこと~


職種 :機械工学
配属先:ウボンラーチャタニー職業訓練所(UBISD)
名前 :荒木 馨
私は、三菱PLCのプログラミングをカレッジの学生に教えています。
日本の職業訓練所と違い、私の配属先の訓練所は、高校卒業生、カレッジ、大学、企業から学生を受け入れ、学校や企業で手薄な分野の実践的なトレーニングを1週間から長いもので4か月ほど行います。
このトレーニングを受けると修了資格や、トレーニングによっては試験に受かればライセンスが与えられます。
そしてそれが就職に有利に働くということで、カレッジ、大学には重宝されています。
この点が日本の訓練所と異なる点です。
私の教えるPLCとは、工場の装置にもれなく使用されている制御装置のことです。三菱電機製はタイのシェアで2番目であり、三菱電機のPLCのプログラムを習得する重要性は高いです。
私は、訓練所が所有している数台のPLC教材機器を使って教えることになります。派遣要請項目では、私に英語のマニュアルを作成し、学生に教えてほしいということでした。後でわかりましたが、三菱電機の教材機器は、日本語のマニュアルしか付属されてなく、別のタイの会社が作ったタイ語の資料がありましたが十分に活用はされていませんでした。
訓練所としては、タイ語の三菱純正のマニュアルが欲しかったもそれがかなわないため、その教育がなおざりになっていたのです。言葉の壁の問題です。
私にはもう一つ問題がありました。私のPLCのスキルが、約40年前の経験を呼び起こす必要があったことです。
これについては、カウンターパートが3~4か月時間をくれたため、じっくり三菱電機のマニュアルに目を通して、教材機器の動作確認ができました。
マニュアルを確認すると三菱の標準マニュアルにかかれているプログラムとタイ語のマニュアルのプログラムが違っていました。
カウンターパートにどちらが正しいかを聞いても要領が得ないので自分で確認していくと、入出力設定が違うことがわかり、実際の使用されているPLCのタイプとマニュアルに表示されているタイプとが違うことが分かりました。
英語のマニュアルも準備し、いよいよ授業に臨む日の朝、『今日の授業は外部の講師にしていただく。』と急にカウンターパートに言われました。
『ええ?!』私は茫然としました。今日初めて知った計画を聞き、本当に日本へ帰ろうと思いました。
紆余曲折があり、その2か月後に私の講義が始まりました。その際にまた脅かしてくれます。授業相手のカレッジ生は、英語がわからないのです。『英語のマニュアルでよいといったではないか?!』授業は、急遽Google翻訳で応酬することになりました。
ワンテンポ遅れますが仕方がありません。そのうち生徒の方も慣れてきて、授業が進みます。
その後、マニュアルをタイ語に翻訳したものに作り替え、生徒自身に読ませるようにしました。
書いたプログラムの意味を生徒自身に説明させました。
グループで教材機器を扱わせて、理解が早いものが他のメンバーに教えていくようにしました。そうして生徒たちが自主性を養い、より授業の理解が進み、やっていることに興味を持ってくれるようになりました。
私は授業の初めに『どういう技術者になりたいか?!』と質問を投げかけ、最後の授業に書いてもらうようにしています。
最新の授業でイーロン・マスク2票、二コラ・テスラ2票を抑えて荒木先生と答えた生徒がトップ5票でした。こんなにうれしいことはありません。
私は、先生という仕事程高貴なものはないと思っていました。『二十四の瞳』という映画をTVで幼いころ見て感動しました。生徒とのやり取りを情熱をもって行うことで、彼らの反応を受け止め、また次の段階に進みます。
生徒とともに自分も成長するということを実感しました。そして私の授業を受けた学生は、必ず私とすれ違うと挨拶をしてくれます。私は笑顔でそれに応えます。そういう交流が何とも嬉しく、先生冥利に尽きると感じました。
本当に貴重な機会を与えてくれた派遣先のUBISD及びJICAに感謝します。


1枚目の写真:荒木先生のようになりたいと答えてくれたクラスとの集合写真
2枚目の写真:授業風景
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