JICA海外協力隊の世界日記

ウガンダ便り

【ドキドキハラハラウガンダクリスマス】#26 現地のリアルな過ごし方〜後半戦〜

みなさん、Apwoyo(アフォーヨ)!2024年3次隊員の宮内響です!今回は、ウガンダで過ごしたクリスマスの後半戦です。

前半戦では、ウガンダの家庭でのクリスマスの過ごし方や、食事を囲む穏やかな時間について紹介しました。しかし、その裏側では、クリスマスどころではない出来事が起こっていました。

それは、私の活動先の学校の生徒の一人が行方不明になったことです。

支援級に通う生徒で、コミュニケーションが難しく、1つの場所に長くとどまるのが苦手です。学校ではグラウンドを歩き回り、気がつくと何も言わずに校外へ出てしまうこともあります。その子の家の近くのジムに通っていたため、普段は家族ともほぼ毎日顔を合わせていました。ところが、クリスマス2日前、「いない!」と家族や近所の子どもたちが少し騒ぎ始めました。お母さんによると、過去にどこかへ行ってしまうことは何度かあったけれど、次の日には戻ってくることが多いとのことで「大丈夫だろう」という期待もありました。その日はすでに暗く、本格的な捜索は翌日から行うことになりました。

そんなウガンダでの捜索活動での気づきを共有させていただきます。

①人は見かけによらぬもの

行方不明になった翌日から、その家族や近所の人とできることを1つずつ進めていきました。まずは街の人への聞き込み。写真を見せながらとにかく街中を歩き回りました。情報を聞き回る中で、反応はさまざまで「任せて、情報を広めておくよ」と積極的に関わってくれる人もいれば、協力してくれそうな雰囲気があった人でも「Sorry」「神に祈っている」と一言で終わる人もいます。

また、お昼からお酒を飲んでいて少し怖そうに見えた人たちが、酔いながらも真剣に話を聞いてくれ、「見つかったら連絡するよ」とその家族の電話番号を紙にメモしてくれたこともありました。

一方で、お母さんによるとポスターに載せた情報を使い、見つかったと偽って電話をかけてくる人もいたそうです。
夜中に警察から「見つかりました」と連絡が入り、家族が向かったものの、実際には誰もいなかった、ということもありました。平和に見えるこの街にもこうした出来事があり、人は見かけによらないものだと感じる出来事でした。

②日本人同士の繋がりの大切さ

迷子の捜索活動が初めてだったということもあり、私も何から始めたらいいのかソワソワしていたところ、隊員の仲間が迷子のポスター作成を猛スピードで行ってくれたり、聞き込みやポスター貼りを手伝ってくれたり、遠くにいる隊員も情報を拡散してくれました。場所が違っていても、快く協力してくれる日本人の存在の大きさを改めて感じました。

③冷静に状況に向き合う家族の姿

家族は、ラジオ局や警察へ足を運び、必要な手続きを進めていました。ウガンダでテレビを持っている家庭はそう多くありません。なので、街の多くの人にも「とりあえずラジオ局〇〇へいきな」と言われるくらい、ラジオが大きな役割を果たすそうです。

お母さんや兄弟の様子を見ると強い不安や動揺は感じず、落ち着きを保っているように見えましたが、できる行動は着実に取っていました。
そして、その中でもクリスマスディナーの準備はいつも通り行われていました。「できることはやった。まずはごはんだよね」「あなたも捜索はもういいからとりあえず食べていって!」と。そんな穏やかな空気も、家の中にはありました。

捜索開始から4日後。その生徒は無事に見つかりました。街から歩いて約4時間ほど離れた場所でした。その子がいなくなった翌日、すでにその街の警察が面倒を見てくれていてどこからか情報が回り、お母さんのもとに連絡が届きました。

知らせを聞いたとき、「帰ってきた!!!」と家族や近所の人たちともみんなで喜びました。捜索中は異様な落ち着きが見られたのとは一変、飛び跳ねて喜ぶ姿を見て大切に思われていることが伝わってきました。

穏やかな食卓と、街を巻き込んだ捜索。
ドキドキハラハラしながらも、ウガンダで過ごしたこのクリスマスは忘れられない時間になりました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。Apwoyo Matek(アフォーヨマテック)=Thank you so much

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