2026/02/13 Fri
任地 生活
ヌクス育ちの私から見たタシケント

執筆:長井 真鈴(JICA海外協力隊2025年度2次隊/農業土木)
こんにちは.はじめまして 新年早々ウズベキスタンにやってきた長井真鈴(まりん)です. 現在大学院1年生ですが,ウズベキスタンには2度目の滞在です. 前回は,大学4年生の時に5ヶ月間ウズベキスタン西部のカラカルパクスタンの首都ヌク スにて大学の交換留学生として滞在していました.
そのころは1回だけタシケントに上京し,サマルカンド・ブハラを2日という短い時間で 観光しながらヌクスに帰りましたが,これ以外の時間をヌクス拠点にカラカルパクスタン で過ごしました. そんなヌクス育ちの私から見たタシケントの都会っぷりを書き留めます..
まず前置きとして,JICAの海外協力隊としてウズベキスタンにやってきた私たちは,最初 の1ヶ月をタシケントで過ごし,安全講習や語学の授業を受けつつ,この国のことを知っ ていく.
ヌクスで,雨の日はビチャビチャで泥だらけになるバザール,移動手段はぎゅうぎゅうの ダマス(乗合タクシー),ボットントイレが日常だった私が到着してから驚いたのは, 立ち並ぶ高層ビルとキラキラのショッピングモール,人で溢れた地下鉄,きれいめなトイ レ…
‘なんだ,大都会じゃないか...’
車のスピードと歩道のガタガタさと,時々現れるフタなしのマンホールに目をつぶれば, 名古屋にいるように錯覚してしまう.(日本の都市に置き換えるなら名古屋が一番ピンとき た)
聳え立つビル.JICAのオフィスも入ってる.
地下鉄.駅ごとに内装が異なる.朝と夕方付近はあり得ないほど混む.
特に,きれいめなトイレたちにはとても驚いた.バザールトイレは想像通り整ってない感 じのトイレだったが,それ以外はほとんど安心して入れるトイレだった.そして,(一部例 外もあるが)トイレットペーパーはもちろん備え付けてあるが,それどころか手を洗った 後に拭くペーパータオルまであるじゃないか!!有難い.
ヌクスの元留学先&これから一年間活動するカラカルパクスタン農業大学のトイレはとっ てもオープンなトイレで,初めは個室?の扉が胸の位置までしかないことに困惑した.そ して便器の横のゴミ箱にはちぎったノートの切れはしが捨ててあることに驚いた.
ここまで凄まじく発展しているタシケントについて紹介したが,彼らの言語能力にも驚か された. 現在,ウズベキスタンでは母国語がウズベク語とされているが,様々な国からやってきた 人が住んでいるため,彼らのバックグラウンドは様々で,使う言語も多種多様である. かつてソ連の一員であったこともあり,ロシア語は今でも多くの人が話している.また, タジキスタンやカザフスタンから移住してきた祖父母や親を持つ子供達はタジク語やカザ ク語も話せる.近年,大学試験に英語の点数も必要とされているので英語を使える学生も 多い.
このように,島国の日本で生まれ育った私には想像できないほど,ウズベキスタンには母 国語以外の言語も巧みに操る人が多い. また,私がウズベク人の友人と話す時は,一番お互いが使いやすい言語(ウズベク語か日 本語か英語)で話して,伝わらない単語があったら,他の言語に言い換えて伝わる言葉を 探す,という面白い作業が加わる.「伝わらない=諦める,翻訳アプリで調べる」しか手段 を知らなかったが,ここに来て言語はコミュニケーションの手段だということに気がつい た.今まで,一つの言語を習得するには途方もない時間と努力が必要だと思い込み,なか なか英語も身につかないし新しい言語を習う気持ちも持てなかった.しかし,仲良くなる 一つの手段でありお互いを理解するために必要なもの,というふうに捉えると流暢に話せ る必要はないと思う.もちろん語彙を増やすことや,必要最低限の文法が必要ではある が,新しい言語を学ぶことは話せる人が増える,という素敵なことにこの国で気が付くこ とができた.
2 月から赴任したヌクスは,ウズベキスタンの西側にあるカラカルパクスタン自治共和国 に位置する.ここでは,カラカルパク語が使われている.ウズベク語に似ている部分はあ るが方言ではない,彼らの母国語だ. ウズベク語で話せる人もたくさんいるが,やはりカラカルパク語で地元の人たちと話した いので,これから徐々に勉強して使えるようになりたい.
ここまで読んでくださりありがとうございます. 次回は,自分の活動やヌクスでの生活を紹介したいです.
Yana ko’rishguncha(ウズベク語)
Jane ko’riskenshe(カラカルパク語)
また今度〜!
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