JICA海外協力隊の世界日記

ベトナム便り

♯44 戦争の記憶が残る地クアンチ

Xin chào mọi người!!!(皆さん、こんにちは!)

ベトナムの林です。

 今回は、以前旅行に行ったダナン市と同じ中部にある「クアンチ」をご紹介したいと思います。

【クアンチとは?】

 「クアンチ(Quảng Trị)」とはベトナム北中部にあるクアンチ省のことで、省都はドンハ市(Đông Hà)です。(2025年7月の省再編で隣接する「クアンビン省」と合併して、「クアンチ省」となっています。)。人口は、省再編後は約180万人で、ドンハが約10万人です。

このクアンチは、1954年のジュネーブ協定で北緯17度線付近が南北ベトナムの境界線(非武装地帯)が引かれました。クアンチはその際南ベトナム領内で最北の省となり、北ベトナムから南ベトナムへの補給路(ホーチミン・ルート)が近くを通っていたため、アメリカ軍と北ベトナム軍の最も激しい戦闘地帯の1つとなりました。特に81日間にわたる激しい攻防が繰り広げられた1972年の「クアンチ城塞の戦い(Mùa hè đỏ lửa=赤い夏攻勢)」では、一帯がほぼ壊滅したため、クアンチは現在、「平和と犠牲の象徴」とされています。昨年はベトナム戦争終結50周年の節目の年で、かつ映画 「Mưa Đỏ(赤い雨)」の歴史的大ヒットで再度注目が集まりました。この映画「Mưa Đỏ(赤い雨)」はベトナム映画歴代興行収入1位とも言われています。

(写真:後述「ヴィンモクの地下道」の入り口)

【ヴィンモクの地下道とヒエンルオン橋】

私は2か所の戦争の象徴となるような場所を訪れました。

1つ目は、「ヴィンモクの地下道(Địa đạo Vịnh Mốc)」です。この地下道は、1965〜1966年にかけて、北ベトナム軍(および民間人)がアメリカ軍の空爆から身を守るために手作業で掘って建設された地下道(トンネル)で、爆撃を耐え抜いた象徴として、現在もほぼ当時の形で保存されています。トンネルは、全長約2km、深さは10〜23m、3層構造になっており、上層が避難用、中層が居住・炊事用、下層が貯水・倉庫用となっており、約60家族(300人以上)が実際に暮らしていたそうで、学校・診療所・会議室・井戸・産室まで備えており、実際にトンネル内で17人の子どもが誕生したそうです。実際に行ってみると、全体的に湿気・暑さともに高く、この中で暮らすことがいかに過酷かを感じました。

2つ目は、「ヒエンルオン橋(Cầu Hiền Lương)」です。この橋は、ベンハイ川(Sông Bến Hải)に架かる橋で、旧南北ベトナムの「国境線」で、つまり南北分断の「境界線」となった場所です。橋は長さ約178m、幅3.6mで、当時は「境界線」に白い線が引かれ、北側は青色、南側は黄色に塗られており、現在も復元されています。私が訪れた際は修理中でしたが、今も戦争の象徴的な場所として残存しています。

(写真:「ヒエンルオン橋」、よく見ると境界線の所で色がそれぞれ変わっています)

皆様いかがでしたでしょうか?クアンチはフエ空港から約2時間、ダナンからだと約5時間程度かかりますが、ベトナム戦争のことを知れる象徴的な場所にもなっているため、興味がある方はぜひ足を運んでみて下さいね!

最後までお読みいただきありがとうございました。

 Hn gp li nhé!!!(またお会いましょう!)

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