2018/09/12 Wed
人
ものがたりの舞台へ
8月最後の週末、すこし前に知り合った日系2世のおばあさんに誘ってもらい、その方が子どもの頃に通っていたという日本語学校の同窓会に一緒に参加させて頂きました。
サンパウロ中心から約340km離れたBauru(バウル)という小さな町に、かつてその日本語学校はありました。昔、Bauruの近くに「厚生植民地」と呼ばれ、日本人移民が入植していた場所があったそうです。そこでは多くの方が養蚕業に従事していたと聞きました。
(写真①)バスだと片道6時間ほどかかるので、早朝5:30にサンパウロに集合して出発です。
(写真②)再会を喜び、歓談するみなさん。日本食レストランにて
(写真③)サンパウローバウル間は、どこまでも続いていきそうなユーカリの木々に囲まれた道路をひたすら走り続けます。
この日出会った、同じくバウルの日本語学校で学んだという日系人のおばあさんが、私にこんな話をしてくれました。
「私、日本に行ったことがあるのよ!
それでね、日本のアパートで寝てて、朝の6時くらいに、鶯が鳴いたの。『ホーホケキョ』って!
そのあと少ししたら、今度はカラスが『カーカー』って鳴いたの。
私、日本語(当時の教科書)12の巻まで勉強したの。だから、そのこと知ってたの。うわ~、本に書いてあった通りだって。
それで私、自分は本当に日本にいるんだ~って!」
子どものとき、本で読んだ“世界”を実際に体験できたというこの感動。
瞳を輝かせながら話す彼女の姿に、私自身の体験も重なりました。
数年前、ボストン近郊のコンコードという町にある『若草物語』の著者が暮らしていた家を訪れたとき、私の母が美しい緑の中で、「まさか自分があの本の舞台に来れるなんて、読んでた時には思ってもいなかったよ」と言ったこと。
大学時代、ヨーロッパを初めて一人旅した時、ミュンヘンとウィーンの街並みが、私が子どもの頃に大好きだった『ふたりのロッテ』で描かれていたシーンのイメージ通りだったこと…
みなさんも体験したことがあるのではないでしょうか?
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