JICA海外協力隊の世界日記

人類みなアミーゴダイアリー in BRASIL

MLB選手になることを夢見るベネズエラ人野球少年との出会い inマナウス さわやか No,37

【隣国・ベネズエラの現状とブラジル・マナウス】

ブラジル北部に位置する,北部主要の街・マナウス。
ここマナウスは“仕事の街”と呼ばれる。ブラジルの北部に位置し,多くの外国企業がマナウスに参入しています。

多くの外国企業が参入している背景には,アマゾン奥地を開発するとともに,国家経済開発のために1967年にブラジル政府が制定したマナウス・フリーゾーン(ZFM)が。
このZFMの税制恩典には,輸入規制の緩和,税制面での優遇,各種の産業振興措置の実施があり,工業進出が相次ぎ,現在では西部アマゾン最大の都市として発展しています。


日本からは,HONDAやYAMAHA,パナソニック等約40社もの企業が進出しており,
また日本だけでなく,韓国のSAMSUNG社やLG社等,アジアの大企業もここマナウスに大きな工場を構えています。
なので,日本人の駐在員さんはもちろん,多くの外国人がここマナウスで生活しているのです。

しかし,街を歩くと,立ち並ぶテントや多くの路上生活者がたくさん見受けられる。

聞くと,そのほとんどがベネズエラ人なのだそう。

ブラジルとベネズエラは国境で繋がる隣同士の国。


ベネズエラは,2013年から始まったマドゥロ政権により,原油生産の落ち込み等による国内総生産(GDP)が半減し,深刻な経済危機に。

食べ物を求め,職を求め,より良い生活を求め,国外へ逃げる人が後を絶たない。
2014年からのベネズエラ人の難民流出は230万人にも上り,“南米史上最悪の難民危機”とも言われています。

その難民の方々がこのブラジル北部に位置するマナウスに流出しているということ。

【マナウスで生活する野球を愛する少年】

上の写真の少年。Juanの家族もその一つ。

2年前に,ベネズエラの国内情勢に不安を感じ,ブラジルにやってきたのだそう。

そんなベネズエラーノが愛する国民的スポーツが,“野球”


写真の彼,Juanは3歳からボールを握り始め,12歳までベネズエラの強豪クラブチームでプレー。
たくさんの仲間たちと切磋琢磨しながら,上のレベルを目指し,毎日グローブを右手にはめていたそう。

しかし,2年前,家族の決断の元,家族と共にブラジルへ。

大好きな野球を剥ぎ取られ,思い切りグラウンドでプレーできない日々。

スペイン語圏で育った彼は,野球ができないその時間をポルトガル語を身に付けるために充て,必死に勉強をしたそうです。


しかし昨年,そんな彼に思ってもみない朗報が。
マナウスカントリークラブに,JICAボランティアの宮田 瑠星くんが野球隊員として派遣されました

マナウスカントリークラブとは,1984年に現地日系人の方が創設されたクラブ。
大自然が残る,大きな敷地に整備されたゴルフ場と野球場を持ちます。

宮田くんがここマナウスへ,野球指導者として来たおかげで,Juanにとって野球ができる環境が生まれます。

この出来事にJuan君は泣いて喜んだんだそう。

“野球ができる環境に泣く”


野球ができることが当たり前だった,ぼくの人生にはなかった感情。

【そんな彼の将来の夢とは?】

彼の将来の夢はメジャーリーガーになること。

現在,アストロズで活躍しているアルトゥーべのような選手になりたいんだ!と話してくれました。

彼の中では,メジャーリーガーになるためのプランが明白にあるようで,「何歳までに,どの程度のレベルに達しておかなくてはいけない」「後三年後にトライアウトに挑戦するんだ」と,その自らのビジョンから逆算して,今自分が何をしなければならないのかを,しっかりと分析していました。

私の横にちょこんと座り,これらのことを教えてくれた彼の目はキラキラ輝いていました。

将来,ベネズエラ出身のメジャーリーガー Juan Rodrigues誕生に期待です!!!

頑張れJuan!応援しています!!

☆ここから,多くのブラジル人・ベネズエラ人メジャーリーガーが輩出されることを願っています!!

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