難民支援記録ー30年後の平和構築をデザインする(近藤隊員は帰国しました。)

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近藤 靖
神奈川県

タイプ/職種
青年海外協力隊
コミュニティ開発
派遣国
アフリカ
ウガンダ イシンギロ県カビンゴ
一言メッセージ
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の下で 生計向上活動に従事します。日本の先進技術を用いて平和構築を牽引します。

 

8月その1:同僚・難民との出張

2018.08.13

活動

(写真は農業祭にて、JICAブースにて米を使ったポン菓子作りを学習中する同僚)

こんにちは、この週末は首都カンパラにいますが、この数日は雨が降る日もあり、いよいよ雨季が来たようです。稲作・野菜栽培隊員の多くは農家への指導、種の配布等、忙しい時期です。私自身も農業普及に関わっているので、この1か月は農業関連の行事に出席する為、毎週のように首都へ移動していました。

<最近のイベント>

7月―農業祭

近隣のジンジャ県で農業祭があり、同僚を連れて出席しました。JICAのブースにて、来場者へ日ごろのナキバレ難民居住地での稲作普及活動を紹介しました。同僚からは「米の加工品についての新しい知識を得られた」という嬉しい言葉を貰いました。幸運にも、任地のイシンギロ県農業生産組合との話ができ、米の販路開拓につなげられるかも知れません。

8月―稲作技術研修

2日間の稲作研修が首都近郊の国立作物資源研究所でありました。

今回は職場の同僚に加えて、同僚と共に普及に取り組む難民コミュニティワーカー、そして難民農家リーダーを連れて参加しました。首都にあがる機会もない難民にとって、研究所の整備された圃場で、見慣れない農機具を使って実務に取り組むことは新鮮だったでしょう。研修後、同僚たちと「居住地でも展示圃場を作って多くの難民に稲作を伝えよう」と約束しました。

(写真は稲作技術研修にて、水田作りに参加する難民コミュニティワーカー:中央)

<難民との研修出席>

こうして無事、研修を終えて難民たちは任地に戻りましたが、こうした外部機関での研修は難民にとって簡単ではありません。難民が居住地を離れる際は、管理する首相府の許可が必要です。今回は3拠点からルワンダ人、コンゴ人、ブルンジ人に同伴頂いたので、それぞれの所属地域から許可証が必要でした。ウガンダでは難民の移動が許されていますが、何もかも自由ではないです。

彼ら自身の生活にとっても負担です。同僚と違って収入の安定しない難民にとって、4日間家を離れている間の家族の面倒も考える必要があります。今回は研修手当が支給されましたので、参加できた難民もいたかと思われます。研修は何事もなく、無事に終了しました。

難民支援を行う人間として、今回の研修で苦労に見合った収穫を挙げなくては、と身が引き締まる思いです。

*ウガンダにおける難民の経済活動について興味のある人はオックスフォード大学難民研究センターに詳しい研究データがあります。

<平和構築分野で働く前後での心境について>

このように研修参加や業務出張を難民と行う日々を送っていますが、現在は難民に対する特別の感情を持っている訳ではありません。

彼らと普段接していても、ホストコミュニティであるウガンダ人との違いを感じないからです。

今回の参加者はいずれも私と同世代の人間です。お洒落をする、バスの中で乗り合わせた乗客と楽しげに話す、スマートフォンを使う、その姿は日本でも、どこにでもいる若者と変わりません。とはいえ、彼らのように研修に参加できる難民は少ないです。彼らは母国語以外に英語ができて、農業の経験がある、そして未婚の若者だからです。彼らは技術を身に付けて、いずれ居住地内で指導者になると思われますが、そうでない人たちへの支援の仕方も考えなくてはならないです。それが、私の平和構築分野で働く前にわからなかった支援の難しさです。

彼らは30年後ウガンダにいるのかわかりません。今回の参加者を含めて、難民の中にはアメリカ、オーストラリア、スウェーデンのような先進国への第三国移住を希望する者を少なくないです。再移住する理由は色々あると思われますが、生きていく上で不自由しない、今ウガンダで、彼らに自立した生活を送って貰うことが支援機関職員の目標です。「ウガンダでの生活に希望を無くして移住した」とは言われたら残念です。

今回研修に参加した難民の一人が言っていました。「自分たちは今を生きるだけだ」。

彼らがひとつでも多くの食事の種を見つけてくれることを目標に、今後も活動します。