JICA海外協力隊の世界日記

まるタイ日記

運命の旅路

以前、タイのテレビで放送していた、泰緬鉄道(第二次世界大戦中の1942年から1943年にかけて、日本軍がタイ・ビルマ国境に建設した鉄道)を舞台にした映画「レイルウェイ 運命の旅路」を見て、当時、鉄道敷設に多くの欧米人捕虜が駆り出され、故郷から遠く離れた異国の地で、無念の死を遂げていったと知りました。この話は、永瀬(通訳の日本兵)とエリック(捕虜の英国兵)との実話に基づいており、映画では目を覆いたくなるような拷問や強制労働の様子も忠実に描かれています。
明るく脚色されている「戦場にかける橋」と対極にあるような映画ですが、タイを舞台にした戦争の話ということで、タイ任期中にこの映画に出会ったことは、何かとても意味があるような気がしました。帰国前に、映画の舞台を絶対に訪れようと決心し、バンコク近郊ノンタブリー県の手工芸隊員Mさんを誘って、泰緬鉄道のあるカンチャナブリー県へ向かいました。

初日は泰緬鉄道博物館(1枚目の写真)を見学しました。ここは、泰緬鉄道に関する歴史の風化を恐れたオーストラリア人男性が、2003年に設立した研究センター兼博物館です。館内には、鉄道敷設に至った歴史的経緯や当時の鉄道建築技術、捕虜たちの過酷な労働状況や医療の様子が、貴重な資料を基に再現・展示されています。中でも、特に印象深かったのはTwo Malarias with a Cholera(2枚目の写真、出典:Australian Government Department of Veterans' Affairs)です。当時のオーストラリア人捕虜のスケッチを像にしたもので、劣悪な衛生環境の下、やせ細り骨と皮だけになっても、休みなく働きつづけることを強制された、地獄のような日々を物語っています。
博物館の向かい側には連合軍共同墓地がありますが、規則的に並べられた数多くの墓石は、町中にありつつも静けさを保っていて、墓地というよりむしろ、美しく整備された西洋庭園のような佇まいでした。ここには、鉄道敷設で命を落としたアメリカ人、イギリス人、オーストラリア人などが葬られています。

翌日は、カンチャナブリー駅から列車で約1時間のタムクラセー駅へ来ました。ここには、泰緬鉄道の最難所であったアルヒル桟道橋があります。クウェー川に接する岩壁に沿って、木造の橋梁が緩やかにカーブしながら建っています。こんなところにも線路を渡したなんて、驚きです。かつては難所と言われたこの場所も、今では美しい撮影スポットになっており、タイ人観光客が笑顔でシャッターを押しています。一方、欧米人観光客たちは「死の鉄道」という側面に関心を持ち、祖先が受けてきたむごい扱いと歴史をなぞるように、真剣な眼差しで鉄道を見つめているように感じられました。他方、日本人はこういった歴史をあまり知らず、わざわざカンチャナブリーを訪れる人も少ないようです。実際、わたしがタムクラセー駅へ行った際も、日本人観光客の姿はほとんど見かけませんでした。
まるタイ日記を通して、日本人のみなさんに少しでも泰緬鉄道のことを知っていただければ幸いです。カンチャナブリーの旅は、次回につづきますので、お楽しみに。

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