JICA海外協力隊の世界日記

大きいブラジルの小さい街から通信

ツパンの思い出

 帰国してひと月が経とうとしています。寒い日本から旅立ち、寒い日本に帰国したせいか、そのふたつがつながってしまい、30度越えが当たり前だった毎日を過ごしていた2年間は本当に存在していたのかと思ったりもしました。しかし、先日乗った新幹線では、ほぼ満席にもかかわらず、誰も大きな声で話していない。誰も笑い声をあげてない。それがとっても不思議な光景に見えました。そのように思うのは、2年間のブラジルの生活があったからでしょう。今日は、私が2年間暮らしたツパンで目にしたひとコマ、大切に思っているひとコマを、最後の投稿とし紹介したいと思います。

 まずは、この世界日記の最初の投稿でも紹介した自宅から私が毎日見ていた風景です。

 色鉛筆の水色そのものの空、なぜか日本の空より高く広く感じます。赤茶色の屋根と木々の緑と真っ白な雲と青い空の組み合わせが大好きでした。

 午後になると雲ゆきが怪しくなり大雨になることもありました。写真をみてわかるように大雨の降っている地域はそんなに広い範囲ではないんです。

 狭い範囲で降る雨が多いからか、太陽の反射をうけてよく虹がでました。

 そして夜。オレンジ色の街灯がメインの優しい夜景だったのですが、去年のクリスマスから大通り真ん中に植えられているヤシ科の木に人工的な緑の電飾が施されてしまいました。それでも、慣れるとこれはこれできれいです。

 

 

 

 つぎに私の好き!を並べてみました。

 上段から紹介します。学校と私の教室です。ツパン文化体育協会の敷地内にあります。かなりアンティーク・・です。右は市内でよく見かけるmaritaca(マリタカ:小型インコ。辞書にはメキシコインコと書いてあります。)。朝夕集団で飛ぶ姿はほほえましいです。でも、農作物を荒らすので地元ではあまり好かれていませんでした。

 中段は飲み物です。ツパンは暑い時期は40度まで上がるので、いろいろな飲み物を用意していました。大きなココナッツを割って中の汁をペットボトルにいれてくれます。本当においしいココナッツ汁は無味なんだと知りました。次はサトウキビ汁です。レモンやパッションフルーツ汁を加えて飲むことが多いです。かなり甘いのですが、無性に飲みたくなることがある飲み物でした。右はレモン(日本ではライムとして売っている)汁を水か炭酸で割ったものです。Feira(路上市場)でレモンを買って自分で作ります。このレモンは見た目とは裏腹にとってもジューシーなんです。

 下段です。左はツパン本願寺です。着任してすぐ町を探索して見つけ、中はどうなってるんだと覗き込んだ覚えがあります。ここが、その後2年間、踊りの練習場として、頻繁に訪問する場所になるとはその時は思いもしませんでした。真ん中はカラフルな柄のTシャツです。暑い日が多く、ほとんど毎日Tシャツで過ごしていました。日本人には個性的に思える柄が多くとっても楽しめました。左はトレンジーニョです。不定期に町の中心の教会広場から出発し市内を循環します。中にはスパイダーマン等に扮装したパフォーマーが一緒に乗っていて、ところどころ停まってパフォーマンスしてくれます。子どもの誕生日に家族や友人と乗ることが多いそうです。私は2回乗りました。最後にもう一度乗りたいと思ったのですが、不定期運行で夢は叶いませんでした。

 

 

 最後に紹介するのは、ツパン文化体育協会の関係者、日本語学校の先生、そして生徒です。様々な経験を共有して2年間で仲間になれたように思います。名前すら知らなかったツパンですが、今では、日本以外で一番知り合いの多い町となりました。帰国してからブラジルで撮った写真では自分がいつも笑っていることに気づきました。きっと、彼らがいつも微笑んでいたからだと思います。

 そして、この2年間、私は外国人として嫌な思いをすることが全くありませんでした。世界の国・地域から移民としてやってきた人たちが多いブラジルは、これまでの歴史から内と外の垣根の低い状態を作りあげたのかもしれません。そこには多文化共生のヒントが隠れているような気がします。

 

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