2018/03/04 Sun
人 文化 生活
ルートタクシー内外ポジション争い
ジャマイカでの生活に欠かせない交通手段といえば「ルートタクシー」。
安くて便利なので、私も普段の生活でとてもお世話になっています。
利用者とサービス提供者双方のアグレッシブさがカーステレオから流れるレゲエと相まって「これぞジャマイカ!」と思わせる乗り物です。
今回はそんなルートタクシーについて紹介します。
任地であるセント・アン教区に引っ越して来た時、戸惑ったのが日常生活での移動でした。
私の配属先と住居は20キロ以上離れていて、その間に日本で言うところの鉄道や路線バスが存在しなかったのです。
どうすればいいのだろうと、いろいろな人に聞いてみたところ、「ルートタクシー」なるものがあることがわかってきました。
「赤いナンバープレートで、カローラサイズだったらルートタクシー。
ワンボックスカーのサイズだったらルートバスだよ。
ルートバスは大体トヨタのハイエースだから、ハイエースって呼ぶ。
あと他に、赤のナンバープレートで貸切のチャータータクシーがある。
それは見ればルートタクシーとの違いがわかるよ。
それから、マイクロバスサイズの車にも赤いナンバープレートがある。
乗ると長距離が移動できるんだけど、それはコースターって呼んでる」
近所に住んでいる方が丁寧に教えてくれたものの、ジャマイカに来てまだ1か月だった私にはよくわかりませんでした。
わかったのは、トヨタ車のシェアが大きいらしい、ということくらい。
余談ですが、ジャマイカでの日本車の存在感は圧倒的です。
国際貿易センターによる統計では、2016年の自動車(電車や部品を除く)の輸入総額は約54万米ドルで、そのうち日本からの輸入は約28万米ドルを占めています。
「ハイエース」「コースター」など、日本車の車種名が交通手段の代名詞として使われるのも納得してしまうほど、中古の日本車がジャマイカ中に溢れかえっています。
考えていても仕方がない、ということで、実際にルートタクシーに乗ってみることにしました。
幹線道路沿いの道端で、赤いナンバープレートの車が来たら、片っ端から手を挙げて合図をしてみます。
クラクションを鳴らして通り過ぎていく車の中、ようやく一台ウィンカーを出して私の方に寄って来ます。
停車すると、運転手さんが大きな声で行先を聞いてくれます。
「セント・アンズ・ベイか!?」
私が首を縦に振ると、乗り込むように言われます。
さっそく乗り込もうとするのですが、座席には既に3人座っています。
体を入れるスペースがなく唖然としている私を見兼ねてドライバーが他のお客さんに声をかけてくれます。
「Squeeze!(詰めてくれ!)」
私も自分の体を懸命に詰めてどうにか乗り込むのですが、その時点で体感乗車率は180%を超えています。
日本の通勤電車とはまた違う、座った状態でのすし詰め状態というのは、なかなか体にこたえます。
そんな後部座席の状況を尻目に、運転手さんは陽気に鼻歌を歌いながら、車を発車させます。
カーステレオは大抵の場合レゲエ専門のラジオ局の放送を流しています。
レゲエに合わせて運転手さんは機嫌よくアクセルを踏み込みます。
お客さんの乗り降りや、急に接近してくる他の車に対応するため、急ブレーキもしばしばです。
そのようにして、ジャマイカの地域の生活の足であるルートタクシーは、ジャマイカ北海岸の幹線道路を最高時速110キロメートルで疾走します。
考えていても仕方がないとは思いはしたものの、乗ってみたらあまりにも強烈で、何かを考える余裕などない交通手段であることに驚きました。


「正直、毎日ルートタクシーに乗るのが大変なんです」
活動し始めの頃、配属先での上司にそう言ったことがありました。
日本に行ったことのある上司はこう返事をしてくれました。
「日本の朝の通勤ラッシュと同じで、すぐに慣れる」
悪い冗談にしか思えなかったのですが、実際に上司の言うとおりでした。
数週間もするとぎゅうぎゅう詰めで座席に座ることに慣れ、急な加減速をジェットコースター感覚で楽しめるようになりました。
時速100キロメートル超で見る朝のジャマイカの海岸線の景色は解放感に溢れていて、気分を晴れやかにしてくれることにも気が付きました。
助手席に座れば自分一人だけで座席を独占できることに気が付いてからは、体への負担も随分減りました。
私が考えるのと同じように、ジャマイカ人の他のお客さん達も、ちょっとでも楽にルートタクシーを利用しようとします。
そのため、ルートタクシー内での乗客同士のポジション争いは中々に熾烈でして、誰もが隙あらば助手席に座ろうとします。
ルートタクシーの運転手さんによっては助手席に座らせるお客を指定する場合もあり、真剣勝負の椅子取りゲームにスパイスを加えてくれます。
だからと言って車内はギスギスした雰囲気になることはありません。
年配の方や子ども連れの方には、運転手さんもお客さんも親切です。
席を譲りあったり、スペースを作りあったりします。
運転手さんとお客さんは大体顔見知りで、にこやかに冗談を交わします。
夕方にルートタクシーに乗っている時には、運転手さんももうすぐ仕事が終わるから上機嫌なのか、明らかにジャマイカ人とは違う見た目の私にもにこやかに声をかけてくれます。
「旅行で来たのか?」
「最近調子はどうだ?」
「毎日セント・アンズ・ベイに行ってるけど、どこで働いてるんだ?」
「ちゃんとメシ食べてるのか?」
「週末に近所でレゲエのパーティーがあるからお前も来いよ」
「ジャマイカ人の女性は素晴らしいからお前も早く彼女を見つけろ」
「俺と一緒に日本車を輸入して一儲けしようぜ」
「お前もやっぱりボブ・マーリーが好きなのか?」
いささか立ち入り過ぎの内容もあり、返事に困ることもありますが、声をかけてもらって悪い気はしません。
しどろもどろで私が答えていると、他のお客さんも会話に入ってきます。
「ボブ・マーリーもいいけど、最近だとクロニックスがいいんじゃない?」
「たしかに、ルーツ・レゲエだし、いかにもジャマイカって感じだしな」
「グラミー賞にもノミネートしたしね」
「クロニックスのSpanish Town Rockin'はいいな、俺も好きだ」
「あ、ラジオでSpanish Town Rockin'がかかった。偶然だな」
終いには運転手さんが歌いだし、お客さんも一緒になって大合唱。
どんな歌なのか知らない私も一緒になって歌います。
活動が思うように進まない時は、ルートタクシー内でのこうしたやりとりが気持ちの支えだったこともありました。
ルートタクシーに乗り込むのが大変なのは変わらないのですが、大変さに慣れると、ジャマイカらしさを楽しめる場所であることにも気づくことができました。
こうした気づきが得られるのは、長期滞在が前提のJICAボランティアならではなのかもしれません。


そんなルートタクシーですが、その中だけでなく車外でもポジション争いが激しいという面があります。
ルートタクシーがお客さんを拾う場所は町ごとに決められています。
大体の場合はTransportation Centerとその周辺となっています。
Transportation Centerは通称Bus Parkと呼ばれていて、そこでは駐禁を気にせずルートタクシーを長時間駐車することができます。
しかしながら、Bus Parkよりも、人通りが多いところでお客さんを拾った方が運転手さんにとってもお客さんにとってもお得なのです。
そのため、警察に駐禁のチケットを切られるリスクを承知で、そこかしこで声かけが行われています。
例えば、セント・アンズ・ベイでいうと、一番人通りが多いのは町の市場にも程近い時計台のある交差点になります。
その道端ではルートタクシーが停車スペースを我先にと争います。
そうして良い場所を確保すると、運転手さんは車外に出て、道を歩く人に片っ端から声をかけていきます。
その傍らには同じ方面へ向かう別のルートタクシーの運転手さんがいて、やはり一所懸命に通行人の注意を引こうとします。
屈強な体つきのジャマイカ人男性が数人連れだって、全力で通行人の注意を引こうとするその様子は威圧感すら感じさせます。
任地に来たばかりの時は、あまりのアグレッシブさが正直怖かったです。
面白いのは、そんな激しめの営業合戦にも調整役がいるところです。
上の写真の右側に写っている男性、ウィンターフレッシュさんは、そんな調整役を仕事としてやっておられます。
帰宅時にはいつもウィンターフレッシュさんに車を手配してもらっていたことから、個人的に大分仲良くなりました。
昼間に街中ですれ違う時はいつも私に声をかけてくれて、手をグーにしてぶつけ合うジャマイカ式の挨拶をしてくれます。
観察している限りでは、ウィンターフレッシュさんの報酬は出来高制で、ルートタクシー1台につき、100ジャマイカドルのお金をもらっているようです。
夕方の通勤ラッシュの時間帯では、1台のルートタクシーが出発するのに十分な乗客を集めるまでに大体10分くらいかかります。
1時間当たりの最低賃金が2016年時点で155ジャマイカドルという報道もあるので、なかなか割のいい仕事のようです。
「ウィンターフレッシュさんの仕事は交渉ごとばかりですよね?
大変な仕事なんじゃないですか?
下手すれば揉め事になることも多そうですし」
ルートタクシーを待っている間に、何気なくウィンターフレッシュさんに聞いてみました。
「大変だから結構いいお金をもらっている面はあるな。
で、お金も確かにいいけど、それ以上にいろんな人に関われる。
やりがいがあるんだよ。
だから大変なのは当たり前だ。
そして何より、俺はこの仕事が好きなんだ」
普段、あの手この手を使って、狭いスペースにお客さんを詰め込んでいるウィンターフレッシュさんから、思いがけず職業意識の高い熱いコメントをいただけたのが印象的でした。
大変だけどやりがいのある今の仕事を末永く続けてほしいところです。
短期間の旅行では、利用するのには難易度が高そうなルートタクシー。
素顔のジャマイカらしさを感じてもらうには最適の乗り物でもあります。
ぎゅうぎゅう詰め状態での移動に耐えられる体力のある方限定でのお勧めになりますが、ジャマイカにお越しの際は土産話のタネとして、一度利用してみるのもいいかもしれません。
参考:
Trade Map - List of supplying markets for a product imported by Jamaica -International Trade Centre
2018年3月3日閲覧
Minimum Wage Rates Effective March 1 - Jamaica Information Service
http://jis.gov.jm/minimum-wage-rates-effective-march-1/
2018年3月3日閲覧
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