2024/12/09 Mon
活動
記憶に残る実験


こんにちは。私はコロンビアの中西部に位置するキンディオ県アルメニア市で薬剤師として活動しています。大城里紗です。
ここアルメニアは2011年に【コーヒー産地の文化的景観】がUNESCO世界遺産に登録されたコロンビアコーヒーの産地です。また、隣の市のサレントにはディズニー映画、【ミラベルと魔法だらけの家】にもでてくる高さ60mまで成長するワックスヤシで有名なココラ渓谷がある自然豊かな場所です。
このワックスヤシはコロンビア紙幣の100.000ペソ札のデザインにもなっています。


私は、コロンビア政府が運営するSENA(職業訓練学校)で、薬剤師テクニシャンと薬剤師アシスタントを育成するコースのサポートを行っている。
薬剤師テクニシャンやアシスタントは日本では馴染みのない職業ですが、アメリカやイギリス、オーストラリアなどでは一般的です。薬剤師の管理のもと、薬剤師テクニシャンやアシスタントが医薬品管理や調剤業務や投薬を行う。
先進国のこのような制度とコロンビアの制度の違いは資格取得のための試験がないことと統一されたカリキュラムがないこと。先進国では多くの場合、資格付与団体が行う試験に合格し薬剤師テクニシャンになる。アメリカの場合PTCB(Pharmacy Technician Certification Board)というテクニシャンの資格を付与する機関が行うPTCE(Pharmacy Technician Certification Board Examination)に合格しなければ薬剤師テクニシャンになることができない。しかし、コロンビアでは大学で3年もしくはSENAで2年間(15カ月間の座学+3カ月間の病院実習+6カ月間のインターン)学ぶことでテクニシャンになることができる(※医師・薬剤師・看護師にも国家試験などの統一試験はない)。
また、学習カリキュラムは全国のSENAでは統一されたものがあるが、必須科目の設定はなく、このカリキュラムの中で何を教えるかは各SENAの講師に一任されている。このように統一試験がないことやSENAや大学を含めた教育機関でカリキュラムが統一されていない状態ではテクニシャンやアシスタントの知識や技術を一定の水準以上で維持することが難しくなる。また、薬剤師、テクニシャン、アシスタントが行うことができる業務内容も先進国とは異なる。このように先進国と同じ薬剤師テクニシャン・アシスタント制度ではありますが、内容はかなり異なる。
さらに、途上国ではよくあることだが処方箋がなければ販売してはいけない薬を薬局で販売している状況がある。この中には糖尿病治療薬や降圧剤、抗生剤も含まれます。医師の診察を受けないままこれらの薬を服用することは患者の健康を害する可能性があるだけでなく、世界で問題となっている薬剤耐性菌の増加を助長する。卒業後、主に薬局やドラグストアに務めることになるテクニシャンの学生たちはこれらに関わることになる。
SENAは一般的な学校とは異なる。無償で教育を受けることができ、制服も無償で付与される。管轄は教育省ではなく労働省であり、卒業後即戦力となる学生を育成することが目的。朝・昼・夜の三部制で10代から50・60代の生徒が仕事と家庭と学業を両立させながら通っている。高い非正規雇用率と貧困率のコロンビアにおいて仕事を見つけるため、技術を身に付け少しでも多くの収入を得るために学生たちは学んでいる。
SENA全体の問題としては、途中退学者が多いこと。私が担当する薬剤師テクニシャンコースも卒業時には毎回入学時の半分ほどに生徒が減っている。理由は通うための交通費が捻出できない、通うことで働ける時間が減り収入が減り家族を養うのが困難になった、就労と学習の両立が難しく勉強についていけなくなったなど様々。
このような状況下で、私に課せられたミッションは以下の3つ。
①薬剤師テクニシャン・アシスタントコースの改善
②5年間使用されていなかった実験室を活用
③研究事業
そこで、学生に楽しく学びながら医療者として患者に関わるこの仕事の魅力に気付いてもらうためになにか出来なかと考え、授業に実験を取り入れることにした。
日本では小中高で実験を行うことは一般的だが、コロンビアではそうではない。実際、私が担当している17歳から48歳の23人クラスで顕微鏡を使ったことがある生徒は4名だけだった。
生徒たちに『今あなた達と一緒に行う実験の準備をしている』と言うと、目を輝かせて喜んでくれた。
その表情は、こんなにやりがいのあることはあるのか!と私の気持ちを熱くしてくれた。
1学期に行った生物学、そして現在学習中の微生物学の範囲で実験を考えた。
- 玉ねぎの表皮細胞と口腔内の上皮細胞を用いて構造の違いを顕微鏡で観察する。
- 環境中の微生物を寒天培地で培養し観察する。
- 手洗い前後の手指の微生物を寒天培地を用いて培養し観察する。
- 実験の結果と実験を通して学んだことを用いて手洗いの必要性を他の学部の生徒へ説明する。
オプション:枯草菌(納豆)、酵母(バナナ)、糸状菌(麹菌)を顕微鏡で観察する。
実験の目的は、①1学期に学習した植物細胞と動物細胞の構造の違いを実際に自分の目で確認すること、②環境中に存在する見えない微生物を培地で培養し可視化することで薬剤師テクニシャンとして手指衛生の必要性と無菌調整の必要性を理解すること。③それを他の学部の生徒へ説明することでさらに理解を深め、同時に医療従事者として卒後行うことになる患者教育の練習を行う。オプションは安全な形で細菌、酵母、真菌を観察することと、日本の発酵文化を紹介したくて追加した。
思い立ったのはいいものの、5年間使用されていなかった実験室は埃まみれ。実験室の整理と使用におけるルール作りと同時進行で実験計画を立てた。
政府の学校だけあり実験器具は揃っていたが、何がいくつあるかもわからず、いつの何の薬品か分からない液体が入った試験管を洗い手が溶け、水道の配管がつながっていないことに気付かず床一面水浸しになったり、窓がなかったり、ゴキブリの襲撃にあったり、蒸留水を作ろうとするも蒸留器のコンセントが焼き切れていたり、オートクレーブ(高圧蒸気滅菌機)はねじが1つ無く加圧できなかったり、不足している器具や試薬の購入を申請するも1年後になると言われたり(5年間稼働していなかったため予算がない様子)。
あーだめだ!なにもできないー!と絶望していると同僚が焼き切れたコンセントを修理してくれた。
出来ないじゃない。やるんだ。協力隊だろ!と自分に言い聞かせ、実験を楽しみにしてくれている生徒たちのためにと気持ちを奮い立たせた。
他の同僚が自宅からMyオートクレーブを持参してくれ、市販の培地は高価なために代替の材料で培地を作るサポートをしてくれた。
しかし、それでもうまくいかず、実験予定日だけが近づいていた。
そんななか実験を一緒に作っているカウンターパートが姉妹校に微生物学の先生がおり、彼女は実験室を持っていると教えてくれた。彼女は提携している病院実習先の病院で様々な職員に聞き、情報を得てくれたのだ。
早速連絡を取り、姉妹校の実験室を訪問。
実験室は充実しており、実験室は化学、微生物と分野ごとに分かれたものが4つ。もちろん窓もあり水道管はつながっている。オートクレーブは3つ、インキュベーター(微生物を培養するために使う保温庫)も3つ。なんといっても高価な市販の培地の在庫数!
作成した実験ガイドをもとに経緯と目的を説明すると、同じSENAの講師同士生徒のために協力しましょうと快くサポートを引き受けてくれた。彼女の実験室で培地を作成し、私たちの研究室が整備できるまで、いや整備できてもここを自分の研究室だと思って使って良いと今後の協力体制も約束してくれた。
実験当日、朝6時から実験開始。
まずは、ほとんどの生徒が初めて使用する顕微鏡の使い方とピント合わせに慣れるために2.000ペソ紙幣を使い、左端に印字されている2の文字を視野の中央に移動させ、ピントを合わせる練習をした。
生物顕微鏡では反転して見えること、また2.000ペソの2の文字には模様があることに気付いた学生は目を輝かせて報告してくれた。
次に、玉ねぎと口腔内上皮細胞の観察。
一人1枚ずつプレパラートを作成し、最初はそのままで観察し、次に染色して観察する。いたるところから名前を呼ばれる。見えるときも、見えないときも。
「リサ!見えない!来て!」「リサ見えた!来て!見て!」
普段シャイで感情を出さない生徒も細胞が見えるとニコっと
スケッチの方法と写真ではなくスケッチを推奨する理由を説明をしましたが、みんなスマホに残そうと一生懸命撮影。
最後に、寒天培地に微生物を採取していく。全員が必ず一つの培地を担当できるように用意した。
- 教室・講堂・実験室・トイレの落下細菌
- ドアノブ、トイレの水道の蛇口、トイレの便座、スマートフォンの微生物
- 指先、指の間、手首の微生物(手洗い前、水洗い後、石鹸を使用した通常の手洗い後、適切な手洗い後)
バタバタの内に6時間の実験1日目が終了
実験後、生徒が口々に感想を言ってくれた。授業で聞いた話を実際に自分の目で見てこの経験に感動したと涙を流す生徒もいた。自分でプレパラートを用意して自分で実験を行ったことに喜びを感じてくれたり、これらの準備を思いねぎらいの言葉や感謝の言葉をかけてくれた。気付いたら私が泣いていた。カウンターパートも泣いていた。見に来てくれていたJICAの調整員さんも泣いていた。
ただ、実験をしただけ。内容は日本では一般的なもの。それがなぜここまで喜んでもらえたのか。
コロンビアは途上国とはいいがたい。地域格差はかなりあるが必要なものは手に入り、医療水準もいわゆる途上国より安定している。WHOの必須薬が支給されるなどのレベルではなく、歯科治療に関しては安く、高度な治療が受けられるとアメリカなどから患者が来るほどである。医薬品の管理方法も湿度・温度・期限をしっかり管理している。期限切迫の医薬品から使用する手順も整っている。処方監査など医療安全面では問題はあり、途上国で問題になる偽物の薬が流通するなどの問題はコロンビアにもあるが、私が想像していた途上国の医療レベルよりはるかに高いと感じている。だから私たちにできることがないという意味ではなく、そのレベルでのサポートが必要であると思っているが、彼らは変化を望んでいるのか?私は必要なのか?この問いは配属されてからずっと感じていた。
実験についても、この実験でいいのか?彼らに興味を持ってもらえるのか?と毎日心配していた
しかし、彼らの反応は私の想像以上だった。ここまでの反応は想像していなかった。
彼らは変化を嫌っていないかもしれない、私にできることがあると感じた。
実験2日目
初めは、私の専門分野である感染症を交えて抗生剤の適正使用を推進するため講義をさせてもらった。
これだけの微生物と共存する中で、なぜわたしたちは感染症にかからずに生活できてるのか。感染症が成立する3つの要因。私たちが行った落下細菌の検査は食品工場など衛生規範の基準になっている。培地に検体を塗り、菌を特定する行為は病院での診断や抗生剤の適正使用のために用いられている。卒業後薬剤師テクニシャンが抗生剤の適正使用のためにできることは法律通りに抗生剤を処方箋無しで販売しないこと。とくに風邪の原因微生物の大半はウイルスなので抗生剤は無効であり、耐性菌を増やすだけ。このような説明をした。
生徒の反応は様々で、納得するものもいれば、それは理解できるが雇い主が売れと言えば売らなければいけないと。
これに対して私の考えを伝えた。【私たちは都合のいい販売員になってはいけない。専門家であり、医療者でなければいけない。そのためには都合のいい薬局の人ではなく確かな知識をもった信頼できる人にならなければいけない。なにが患者のためか理解してもらうまで私たちは説明し続けなければいけない。】
こんな理想論しか伝えられない状況に自分の今の限界と草の根活動の限界を感じた。
日本も十数年前まで風邪に抗生剤を処方することは一般的だった。しかし、この考えが普及し適正使用のための動きが強まる中、抗生剤を処方しない医師を何もしてくれない医者のように言う患者もいた。医療者は患者に医師の判断が正しいことを説明した。認識が変わるためには時間がかかる。でも誰かがこの動きを始めなければ、そしてその動きを大きくしなければ変わらない。草の根活動は重要である。
でも、実際に医療者や経営者の意識に大きな影響を与えたのは感染症防止対策加算や抗菌薬適正使用支援加算などの制度改革ではないかと思う。草の根だけでは限界があると感じた。
ただ、23名程度の将来薬剤師テクニシャンになる彼らが抗生剤の適正使用を他人事と思わず興味を持ってくれれば。
熱く感染症と抗生剤使用について語ること気付けば1時間半。やりすぎたと思いつつ、実験を開始。
まずは、枯草菌(納豆)、酵母(バナナ)、糸状菌の観察。
首都ボゴタ出張時に購入した納豆を使用し、枯草菌を培養したものを観察。
ここで日本の発酵食品文化を紹介し、納豆を希望者に食べてもらった。
独特の粘り気に驚きつつも試食する生徒。ヨーグルトみたい、コーヒーみたい、と意外にネガティブな反応はなかった。
もしかしたら、死ぬ前に食べたい私の最後の晩餐は納豆卵かけご飯だ!と言ったからみんな気を使ったのかもしれない。
臭いと聞いたことがあるが、全く臭くない!と
それはさすが企業努力の賜物でしょう。どこで買ったの?と興味津々。
酵母はバナナから作り、成功。麹菌は味噌から作れるかと思ったが培養に失敗。同僚にカビを提供してもらった。
生徒自身でプレパラートを作り(真菌は私が安全キャビネット内でプレパラートを作成)。
顕微鏡が始まると、また多方面からお呼びがかかる。
「リサ!なにもいない!」、「リサ!これは何?」「リサ!見えた!見て!来て!」
そんななかまた撮影会が始まる。そんなカメラ向けられたら微生物も恥ずかしかろう。
次に、培地に付けた微生物がどうなったかを観察。
トイレより教室や行動や実験室が汚いの!?トイレの水道はこんなにも汚いの!?手洗い前汚すぎる!水洗い後もこんなに汚い!なんで通常手洗い後と適正な手洗い後の結果があまり変わらないの!?と良い反応。
想像していた結果と結果は同じか異なるか、なぜこのような結果になったかを班ごとに考察した。
個人的には日本で同じ実験を行った時に比べて非選択培地において真菌や酵母の増殖が多く見られ、人が頻繁に触れる場所においても細菌はほとんど見られなかった。実験の手技の問題か、環境の違いが影響しているのかとても興味深い結果であった。
ここで6時間経過しタイムアップ。
他学部への手洗いの必要性の説明は後日となった。
翌日、班ごとに説明する内容を考え、まずはクラス内で発表。
実験の流れだけではなく実験の結果は言った方がいいのでは?などのアドバイスはしたが、クイズ形式にするなどの他の班の手法を自身の班に取り入れながらブラッシュアップしていく生徒たち。いざ他学部を訪問!!
どのクラスも快く受け入れてくれ、生徒たちも緊張しながら説明を始める。
微生物が生えた培地を実際に見せたり、クイズ形式にして反応を見たり。聞き手からいいリアクションが返ってくると生徒たちも自信が出てきて表情も明るくハキハキと話し出す。各班2回ずつ行ったが、1回目には言っていなかったことを付け加える余裕もでてきた。発表を終えるごとに「リサ!どうだった?」と。すごい良いよ!完璧だよ!もう想像以上!と答えた。本当にその通りだった。
この説明で聞き手の生徒たちに行動変容があったかは分からない。
でも、医療者として、専門家として正しい知識を共有すること、教育することも私たちの仕事の一つだと知ってくれればよいと思っている。
6時間×3日の実験を終え思うことは、これは決して私一人で行ったことではない。一人では何もできていなかった。
この実験準備から実施まですべてにカウンターパートが関わってくれた。
作成した実験ガイドの確認、実験道具探し、微生物学の先生の発見、培地づくり、スペイン語で実験進行時をする言葉足らずな私のサポート。
今後実験室の整備が進み、機器が増え、出来ることがが広がれば実験の内容をブラッシュアップできるね!と彼女からポジティブな提案。私が帰国した後は彼女が行ってくれる。そう確信しました。また、姉妹校とつながりができたのもこの活動の成果だと思っている。
日本での知識があっても、ここコロンビアに受け入れられるものでなければなりません。さらにここで継続してできる形に変えなければ意味がありません。そのためには一緒に活動を考え、行い、引き継いでくれる同僚が不可欠です。それを身に染みて感じた活動だった。
また、私は病院勤務の経験しかなくSENAで活動するにあたり生徒を通してどのように患者に影響を与えることができるかばかり考えていたことに気付きました。まず目の前の生徒とどう関わるかであったと気づいた活動でもあった。
この実験計画には日本の臨床検査技師さんのサポートもありました。顕微鏡の種類、安全に配慮した微生物の扱い方について助言をいただきました。現地の方だけでなく日本からもサポートいただいていることに感謝いたします。
長い私の話にお付き合いいただきありがとうございました。いままで様々な実験を行ってきましたが記憶に残る思い出深い実験となりました。
現在10カ月目、まだまだ取り組みたいことは沢山あります。任期の2年間でどこまでできるか。挑戦を続けます。
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