JICA海外協力隊の世界日記

コロンビア共和国便り

【地質から見るコロンビア②】湿地と共に暮らした人々 ― 失われたボゴタのもう一つの都市

前回の記事で、「ボゴタはかつて巨大な湿地であり、我々は水を吸ったスポンジの上に住んでいる」というお話をした。大雨が降るたびに道路は冠水し、思うように移動できない日も少なくない。
雨がやんでも歩道を歩いていると、バスが勢いよく水たまりを走り、ビッグウェーブにのまれてびしょびしょになったことも何度もある。
かつて湖や湿地だった場所を無理やりコンクリートで蓋をして作ったこの街は、今も「水をどう排除するか」という終わりのない戦いを続けている。

しかし、この場所で、水を「排除」するのではなく「味方」につけて繁栄した人々がいた。
現代人は水を嫌って埋め立てたが、2000年前の先住民たちは、あえて泥を積み上げ、水路を張り巡らせることで、この土地の豊かな恵みの土壌へと変えた。
「Camellones」と呼ばれるその農法は、ただの昔の農業ではなく、ボゴタの自然を完全に理解した究極の環境工学であった。
今回はそんなコンクリートの下に忘れ去られた先住民ムイスカのテクノロジーのお話。

職場のIGAC(コロンビア地理統計院)のアーカイブに眠る、1950年代に撮影されたモノクロの古い航空写真。そこには、現在の見慣れた住宅街やアスファルトの下に隠された、もう一つの「ボゴタの設計図」がはっきりと写し出されている。
それは網目状に広がる奇妙で美しい幾何学模様で、2000年以上前からこの過酷な高地の湿地と完璧に共存していた、先住民たちの驚くべき知恵の痕跡であった。

Camellonesと呼ばれるその農法は湿地帯に水路(運河)を掘り、その掘り出した土を積み上げて作った小高い畝のネットワークのこと。上空から見ると、幾何学的な縞模様が湿地に広がっていた。
このシンプルな構造がボゴタの厳しい自然環境において3つの重要な役割を果たしていた。

1つ目は「水のコントロール」
雨季などの大雨の時、溢れそうな水は畑の間の水路に流れ込み、隆起した畑が水没することを防ぐ。
そして乾季で雨が降らない時、水路に蓄えられた水が毛細管現象のように土壌へ浸透し、畑に絶えず適度な水分を供給し続けた。

2つ目は「冷害を防ぐ天然のヒーター」
ボゴタは標高2600mという高地にあり、夜間から早朝にかけて急激に気温が下がり、農作物に致命的なダメージを与える霜が降りることがある。
そのため、日中の太陽の熱を水路の水が吸収して蓄え、気温が下がる夜間にその熱をゆっくりと放出することで、作物を凍結から守っている。

3つ目は「栄養の循環システム」
水路には雨水と一緒に豊かな養分を含んだ泥や枯れた水草が流れ込んで蓄積する。
この水路に溜まった「栄養満点の泥」をすくい上げ、再び畑の上に被せることにより、外部から肥料を持ち込むことなく、湿地という閉鎖環境の中で半永久的に肥沃な土壌を維持することができる。

しかし、このシステムが特別なのはその機能の高さだけではない。
重要なのは、「自然を変えた」のではなく、「自然に合わせた」という点にある。
ムイスカの人々はこの土地が「水を含む場所」であることを前提とし、その特性を利用することで持続的な環境を作り上げていた。

だが、この美しく合理的な幾何学模様は20世紀半ばの急激な都市開発の波に飲み込まれてしまった。
コンクリートで頑丈に蓋をしたつもりでも、土地の記憶はそう簡単には消えない。微細な粒子が水をたっぷりと抱え込む、スポンジのようなこの土地の土壌特性そのものを変えることはできないからだ。
大雨のたびに水が溢れ出すのは、排水システムの処理能力の問題以前に、この街の地下で眠るかつての湿地帯が「ここはもともと水が還る場所なのだ」と静かに語りかけているようにも思える。

もしこの土地に、もう一度水と共に生きるという視点を取り戻すことができたなら、ボゴタの風景は少し違ったものになるかもしれない。
都市が災害に強く、真に豊かな未来を描くためのヒントは、最新のテクノロジーの中だけでなく、我々が毎日踏みしめている足元の、ずっと深くの泥の中に隠されているのかもしれない。

2024年2次隊 コロンビア 品質管理・生産性向上 堤大耀

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