2025/11/11 Tue
生活
応募から派遣後1ヶ月を振り返る!!

Wah gwaan?(調子どう?)
初めまして! 2024年度3次隊、ジャマイカ コミュニティ開発隊員の珠海(たまちゃん)です。
日本は急に寒くなったと聞きます。ジャマイカでも朝晩はひんやりとしてきました。
私の地域では9月半ば頃から雨の日が増えて、最近は毎日のように降っています。大体が数十分から長くても1,2時間で止むところが日本とは違うな~と思います。
本題の前に、自己紹介をちょこっと失礼します!
千葉の田舎から秋田の大学へ進学。大学3年修了と同時に休学し、協力隊へ参加しました。
・・・??
『大学生でも行けるんだ』 『休学して行けるものなの?』
『新卒で行っても良かったんじゃない?』
・・・ということで、今回は応募から派遣後1ヶ月までのエピソードを紹介していきます!
書き始めたら結構な長さになってしまいました、、(汗)
応募
2024年春募集の締め切りは2024年7月1日正午。
時間ぎりぎりまでウェブ入力をしていて、「間に合うか?間に合わないか?」の瀬戸際で心臓をバクバクさせながら無事登録を済ませました、、
郵送しなければならない書類もぎりぎり!レターパックで急いで届けてもらいました。
※締め切りまでにウェブ上での登録と、指定書類を郵送で提出する必要があります。
最後まで「協力隊への参加はこのタイミングで良いのか」と迷いに迷ってぎりぎりに応募(ぎりぎりなのはマイペースすぎたせい?)。
このタイミングを選んだ理由は、
自分の仕事を決める前に他の世界を見る必要があると思ったから。
ー 先進国と言われる日本の中での価値観だけでは、「生涯をかけてやりたい!」と思える仕事を決められないと考えていました。そして、そのためには「途上国と言われる国々の現状を自分の目で確かめないと!」と思ったのです。
「ならば、アフリカ!」と、知識の浅い私の勝手なイメージで第一希望はケニアにしました。
勝手なイメージだからこそ、そのままにしてはいけないと強く思っていました。
選考
選考は書類審査等を行う一次選考と、ウェブ面接を行う二次選考があります。
『そもそも大学生が参加することはできるのか?』
ー できました!!が、要請には大卒や実務経験年数を始めとした条件があり、私は大卒でない時点でこれら条件のついている要請へは応募できないことになります(例外はあるかもしれませんが)。
「ならば、コミュニティ開発!」と専門性の求められる職種は早々に諦め、その中で私が学んできたことや経験を活かせる要請を選びました。ここで第二希望ジャマイカが入ります。
そして一次選考を通過してほっとしたのも束の間、、夏休みにインターンとしてJICA筑波へお邪魔することになります。二次選考はこの筑波で受けていて、面接では職員の方も驚かれていました。
JICA筑波での時間は私の価値観を拡げてくれたとても貴重なものでした。
『自分の興味関心や学んできたことが、JICA事業のどこに繋がるかを探してみて欲しい』
そう言ってくれた担当の方から沢山のことを学びました(ちょっと強面だったけど笑)。
”外国人材受入れ”や”多文化共生”についてしっかりと考えたのは、このときが初めてです。また、JICAの事業や国内拠点への理解が深まり、協力隊活動がどこに位置付けられるのかを知ることもできました。
これらについて協力隊活動前に知り、考えることができて非常に良かったなと思います。
JICA筑波の皆さん、本当にお世話になりました!!
合格
10月26日、二次選考の合格発表は受験を思い出すようでした。
無事合格を頂いてまたまたほっとしたのも束の間、1月からの派遣前訓練に向けて準備です。
学期修了を待たずに訓練へ参加しなければならないため、“通常であれば”数回の授業や期末試験を欠席しなければなりません。
ただ運が良かったのが、この時点で進級のための単位をほとんど全て取得していたことです(良かった、、)。
残る単位は研究室で行う授業。本当に有り難いことに、訓練中はリモートで対応して頂くことになりました。
快く対応してくださった先生方、手続きを手伝って頂いた大学事務局の方々には感謝しかありません。
そしていつもバタバタです。
合格後も追加で書類を提出したり、行政手続きをしたり、秋田の荷物をまとめて実家へ帰る準備をしたり・・・
ここでも締め切りに追われ、何か忘れていないかとハラハラでした。

派遣前訓練
2025年1月7日、そんなこんなであっという間に駒ヶ根訓練所へ入所。
“アルプスがふたつ映えるまち”と謳われるようにそびえる山々はとっても綺麗でした。
その時は必死でよく分からなかったのですが、訓練を振り返ると
年齢や出身、職業など千差万別な人々が共有する空間や時間は貴重で面白いものでした。
入所前は”語学授業”と”生活班”が気がかりでした。
でも、クラス分けをされた語学授業は自分のレベルに合った実用的なカリキュラムで「もっと早く知りたかった」と思うほど感動しました(訓練では語学授業が7,8割を占めています※写真は語学教室)。
生活班では「バチバチに協力関係を築いて毎日を過ごさなければならないのか?」と構えていましたが実際はそのようなことはなく、近すぎず遠すぎない互いを尊重する雰囲気がとても居心地良かったです。
※これらは私の感覚なので、人によって感じ方は違ったと思います。 生活班はざっくりと言うと、修学旅行班のような役割分担をして訓練所での運営の円滑化や協調意識を高めるなどの目的で設けられているようです。
さて、訓練も終盤になり試験が近づいてきました。訓練を修了するためには語学試験と講義テストに合格する必要があります。過剰に気を張る必要はありませんが、やるからには全力です。
※講義とは安全管理や健康管理を始めとした現地での生活に必要な知識を大学の講義のような形で受講します。
3月20日、退所の日を迎え「入所したあのときが懐かしいな~」と思い出します。
「元気でねー!」と声を掛け合う同期を見ていると「本当に行くのだな」とはっとさせられます。
『いつも誰かが起きているからいつでも励せるよー!』 協力隊らしい印象的な一言でした。
訓練生活を支えてくれた職員の皆さん、食堂や清掃員の皆さん、ありがとう!!
同期隊員の皆さん、またいつか元気に会いましょう!

入国まで
とにかく時間がない!
出国の準備を進めつつ、親戚や知り合いへ報告と挨拶。そして表敬訪問のために秋田へ一度帰りました。
色々な人に「ジャマイカ!?2年!?」と驚かれながら温かく送ってもらいました。両親を含め沢山の人に背中を押してもらい、「なんて恵まれているんだろう」と温かい気持ちになりました。
4月15日、出国。初めて羽田空港国際線を1人で乗るので、少し緊張しながらも機内ではぐっすり寝ました(貴重品は緊張感を持って管理)。シカゴで一度休憩し、マイアミへ向かいます。乗り継ぎの間は4時間だったので、お昼を空港内で食べて特に外へは出ずに過ごしました。
マイアミの空港から予約されている近くのホテルまではシャトルバスを手配して向かいます。携帯がつながらなくても空港内に公衆電話があるかなーと安易に思っていましたが「なかった、、」ので空港の係の人に電話を貸してもらいました(本当にありがとう、、)。
ホテルで一泊をした後、ジャマイカへ向かいます。アメリカをもっと感じたいところでしたが、疲れや1人で見て回る勇気もなくホテル内で食事を済ませて即就寝。
海外の慣れない空港内でしたが案内板を頼りに、時には職員さんを頼って
なんとか大きなトラブルもなく乗り継ぎをしてジャマイカに着いた・・・と思っていました。
預け荷物が待てど暮らせどやってこない、、
嫌な予感はしていました。旅行会社に寄ればマイアミで荷物を受け取るはずでしたが、そこでも荷物は受け取れませんでした。
(マイアミの空港職員さんはキングストンへ行くことになっているよと言ってたよ、、)
仕方ないので空港職員さんに話をします。
片言の英語で頑張って伝え、調べてもらった結果マイアミにあるようでした(なんで、、)。
半分絶望しながら手続きを進めてもらいます。 しばらく職員さんを観察・・・
「・・・手続きに時間がかかるんだな、、忙しそうにしている人とほとんど何もやっていない人がいるな、、」
これがジャマイカなのか~と、初めての異文化体験にじんわり感動していました。
なんとか荷物はJICA支所へ送ってもらえることになり、、
「こういうことって本当にあるんだ」と思いながら、手荷物に貴重品や最低限の衣服などを入れておくことの必要性を痛感しました。
派遣後1ヶ月
この期間はジャマイカの銀行口座開設や、安全対策や活動計画などのオリエンテーション、2週間の語学訓練を行います。
ジャマイカの場合は隊員連絡所「通称ドミ」があるため、この1ヶ月間はドミへ宿泊をします。
世界の中でも殺人発生率の高いジャマイカ。
※人口10万人当たりの殺人発生率は世界ワースト1~3位を推移。
訓練所でも「とにかく安全には気を付けよ」と叩き込まれていたので、もうビクビクです。
ドミで1人のときは鳩の羽ばたきにも怯えていました(人の足音に聞こえるんです、、)。
隊員は安全対策の観点でキングストンのほとんどのエリアで徒歩移動が禁止されており、その他にも色々な制限があります。
窮屈であることは否めませんが、厳しいルールがあるのは私たち隊員の安全を守るためであると理解しています。
実際に犯罪の多いエリアや時間帯は大体決まっています。殺人のターゲットが観光客などへ向くことはあまりないようですが、
ギャングの抗争やジャマイカ人同士のもめ事に巻き込まれる可能性がないわけではありません。
また、犯罪が殺人だけとも限りません。
この初めて味わう緊張感も貴重な経験ですが、少し辛かったのも覚えています。
2週間くらいで徐々に慣れてきたかなーという感じでした。
最後に・・・
ビクビクしてばかりだと思いきや、、
実は入国2日後にBlue Mountain登頂をしました!(時差ボケはなかったです笑)
他の隊員に誘ってもらい折角の機会なのでご一緒させて頂きました。
訓練所からまともに動いていない私にはハードすぎる登山でしたが、一緒に登っている他の隊員やVCさんに励ましてもらいながらなんとか登頂、、
コーヒー畑を初めて見て、「これがBlue Mountain Coffeeになっていくのか!」と感動していました。残念ながら山頂は曇でしたが、最後にダブルレインボーが見られてラッキーでした(写真にはうっっすらと)。
※VC:Volunteer Coordinator
長くなりましたが、ざっと振り返ってみました!
これからは任地での様子などをお送りできればと思います!!
Respect!!(ありがとう)
SHARE





