2026/07/22 Wed
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フィリピンの家族と過ごしたホーリーウィーク

フィリピン障害児・者支援隊員のMarisuです。
イロイロ州レオン町にある小学校で、移行支援クラスの先生として活動しています。
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フィリピンでは3月末に卒業式や終業式が行われ、
6月から新しいスクールイヤーが始まります。そのため、約2か月間の長期休暇があります。
学校隊員である私もこの期間はお休みです。
大人になってからこんなにも長い休みを経験するとは思わず、
「フィリピンっていいなぁ……」としみじみ感じたひとときでした(笑)。
今回は、そんな長期休暇の始まりに体験した「フィリピンのホーリーウィーク文化」についてお話ししたいと思います。
ホーリーウィークとは、キリスト教においてイエス・キリストの死と復活を記念する重要な期間のことです。
特にカトリック信者が多いフィリピンでは、一年の中でも最も神聖な期間とされています。
ホーリーウィークに向けては、Ash Wednesday(灰の水曜日)やPalm Sunday(枝の主日)など、さまざまな宗教行事が行われます。
ホーリーウィーク期間中は、聖書に登場するさまざまな場面を再現する行事が町のあちこちで行われます。
私もフィリピンでできた友人家族に誘ってもらい、たくさんの貴重な体験をすることができました。
まず、Maundy Thursday.
この日は、イエス・キリストが処刑される前夜に12人の弟子たちと最後の晩餐を共にした場面を再現する日です。
地域で選ばれた12人の信者が「Apostoles(使徒)」として各家庭を訪問し、訪問先の家庭では豪華な食事でもてなします。
最初は「なぜみんなこの人たちが食事している様子を写真に撮っているんだろう?」
と不思議に思っていましたが、
後で調べてみて、最後の晩餐を再現していることを知り、私も写真に収めました。

私も一緒に食事をいただきましたが、
前菜からデザートまで並ぶ豪華な内容で、まさにフルコース料理のようでした!
どれも美味しかったのですが、
特に「Relyeno」というミルクフィッシュ(バングース)を使った料理がとても美味しかったです!!
そしてGood Friday.
この日はキリストが十字架にかけられて亡くなった日とされ、
一年で最も神聖で静かな日です。
夜明け前から町の劇団員や若者たちが、
キリストが裁判にかけられてから処刑されるまでの過程を14の場面に分けて再現します。
キリストが十字架を背負って歩いたとされる時間帯に合わせて行われるため、
観客も一緒に町を歩きながら、その苦難を追体験していきます。

午後3時にはキリストが息を引き取ったとされる時刻を迎え、
町全体が静寂に包まれます。
その後、夕方からは「Santo Entierro」と呼ばれる宗教行列が行われます。
キリストの棺を乗せた山車の後を、聖母マリアのカロサ(宗教山車)が追うようにして町を巡ります。
このカロサを管理する役目は、その町の伝統ある家庭に代々受け継がれているそうです。
偶然にも、私の友人家族がその役目を担う家系で、飾り付けの準備から一緒に参加させてもらいました。
さらに夜には、「Pahalik」と呼ばれる儀式も行われます。
友人から「今からジーザスにキスしに行くよ」と言われ、私も教会前にできた長い列に並びました。
1時間ほど待って順番が来ましたが、
実際には直接キリスト像にキスをするのではなく、
自分の手にキスをしてからその手でキリスト像に触れ、感謝や祈りを捧げるものでした。
ホーリーウィーク期間中は全国各地から親戚が帰省するため、
どの家庭も大勢の家族で賑わいます。
神聖な期間でありながら、どこか同窓会のような温かい雰囲気も感じられました。
週末にはキリストの復活を祝うミサが各教会で行われ、町には「ハレルヤ」の歌声が響き渡っていました。
ホーリーウィークは本来、家族と静かに過ごす大切な時間です。
そんな中、私を快く迎え入れてくれた友人家族にはとても感謝しています。
彼らはいつも
「あなたはもう私たちのFamilyでしょ!フィリピンでの名字を名乗りなさい(笑)」
と冗談交じりに言ってくれます。
フィリピン人のこうした心優しいフレンドリーさがいつも私を幸せにしてくれます。
実は、この家族との繋がりの始まりは私の任地の初代隊員が繋いでくれたものなのです。
私にとってはほとんど名前しか知らない初代隊員(コロナ前に派遣されていた隊員)ですが、
彼女が2年間で築いてきたものはとてつもなく素敵なもので、大きなものであると思っています。
彼女が築いた信頼関係は今も任地にしっかりと残っていて、多くの人が彼女のことを覚えています。
赴任したばかりの頃は、私のことを初代隊員の名前で呼ぶ人もいました(笑)
それでも今では、「Marisu」として受け入れてもらい、家族のように接してもらっています。
私がここ(任地)に来られて良かったなと思えるひとつの理由です。
私もここでの経験を通して、過去と未来、人と人とをつなぐ存在になれたらと思います。
残された任期の中でも、一つひとつの出会いを大切にしながら、
できることを全力で楽しんでいきたいと思います。
Pamilya kita.
(キナライア語で『私たちは家族だよ。』)
→同僚や友人が何かに誘ってくれる度に言ってくれる言葉です
【 Marisu/障害児・者支援 】
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