2026/07/02 Thu
文化 自然
隊員Gのセントルシア日記_87 〜Good Old Days〜

セントルシアには絶滅の危機に瀕している固有種が、少なからずいることを第63話でお話ししました。その際、生息地の喪失(Habitat Loss)が、絶滅危惧の理由の一つであることを紹介しました。もちろん、交易の副産物として、意図せずもち込まれた外来種の影響も大きいことでしょう。例えば、セントルシアで独自の進化を 遂げた固有種のトカゲやヘビが、外来種のクマネズミなどに捕食され続け、残念ながら本島では絶滅してしまいました。サトウキビを栽培して砂糖を作る、サトウキビ畑を荒らすクマネズミが繁殖する、クマネズミを駆除するためにマングースを導入する、クマネズミは夜行性でマングースは昼行性なので駆除効果は乏しい、逆にマングースが固有種を捕食するようになってしまう、という悪循環が繰り返されたようです。
人やモノが国境を越えて行き来するようになると、偶然もち込まれた外来種が生態系に悪影響を及ぼす不運に見舞われます。どの国にとっても、大きな環境問題となっているのです。駆除を試みても、繁殖力が強く、一掃するまでには至らない、というのが現状のようです。日本にある私の住まいは、近くに里山自然があるのですが、「小鮒釣りしかの川」は、今やブラックバスやブルーギルの天下となってしまいました。ノスタルジックな感傷なのかもしれませんが、なんとも言えない寂しさがあります。

ところが、セントルシアで外来種駆除に成功した場所がある、と勇気づけられる話を耳にしました。私の居宅から歩いて10分くらいのところに、小さなビーチがあるのですが、そこから約300m先の海上に浮かぶ小さな無人島・Rat Island です。その昔、船に紛れ込んで、ヨーロッパからやってきたクマネズミは、天敵のいない小さな島で爆発的に増殖したようです。そして、例によって、海鳥の雛や卵、トカゲの成体を捕食し続け、離れ小島の生態系に深刻な被害をもたらしたのです。2000年代に入ると、セントルシア政府はイギリスの自然保護団体・Durrell Wildlife Conservation Trustと協力して、Rat Islandのクマネズミの駆除に乗り出します。毒餌を使った作戦は成功し、小さな島からクマネズミは完全にいなくなりました。その後は保護区となって、継続的に生態系の実態調査が行われています。都心部の近くにある島なので、カヤックやボートで簡単に上陸できてしまいます。従って、マリア諸島ほどの厳格な上陸制限はなく、より慎重な生態観察が必要になっているようです。そして、マリア諸島にしか生息しなくなったSaint Lucia Whiptail(トカゲ)が再導入されました。例えば、マリア諸島が深刻な災害に見舞われた場合、大切にしている絶滅危惧種が本当に絶滅してしまう可能性を否定することはできません。そのリスクを囲い込むために、Whiptailは、マリア諸島から遥々Rat Island に連れてこられたのです。

さて、ローカル・ルシアンたちの日常会話の中に、しばしば「Good Old Days」という言葉が登場します。「昔は、古き良き時代のセントルシアがあった。」というところでしょうか。今は50歳前後となった人々にとって、Rat Island は子ども時代に、よく泳いで渡った島だったのです。Rat Island こそは、「Good Old Days」の象徴なのかもしれませんね。それが、2006年にクマネズミ駆除が行われ、自然保護区に指定されてからは、皆の足が遠のいたようです。もちろん、観光業の隆盛により、マリンス・ポーツが盛んになって、Rat Island の周辺海域をプレジャー・ボートやジェット・スキーが行き交うようになりましたので、遠泳の危険度も増しています。自然保護意識の高まりや、安全安心意識の高まりは、社会の成熟度を表すものさしなのかもしれません。しかし、冒険心に満ちあふれた昭和中期に少年時代を過ごした私にとって、「Good Old Days」の話題は、やはり郷愁に誘われるところがあるのです。
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