2025/05/12 Mon
文化 音楽
隊員Gのセントルシア日記_13 〜Jazz & Reggae & Gospel〜


セントルシアでは、毎年5月に、海外から多くのミュージシャンを招いて、ジャズ・フェスティバルが盛大に開催されます。「ジャズは、お食事やお酒を楽しみながら、聴いて頂く音楽です。」と、野外ジャズコンサートで、あるジャズマンが語るのを耳にして以来、ジャズの魅力に取り憑かれてしまった私は、もちろん飛びつくようにしてチケットを購入しました。そして、今回特に私が楽しみにしていたのが、Earth Wind & Fire の出演です。ジャズ、ソウル、リズム&ブルースなどの要素をあわせもつ彼らのディスコ音楽は、1970年代後半に大学時代を過ごした私にとって、ロマンティックな思い出がたっぷりと詰まっているのです。リーダーのモーリス・ホワイトは残念ながら既に他界していますが、「セプテンバー」「宇宙のファンタジー」「レッツ・グルーブ」「ブギウギ・ワンダーランド」など、往年のヒット曲も演奏されました。50年前の作品とは思えないほどの盛り上がりがあり、会場のピジョン・アイランドだけ時間軸が歪んでいるのではないかと疑ってしまうほどの熱狂ぶりでした。


ジャズ以外に、カリビアンたちに根強い人気のある音楽として、ジャマイカ発のレゲエを挙げることができます。これまた1970年代半ばに中学生・高校生の時期を過ごした私にとっては、ボブ・マーリーとの出会いは衝撃的でした。裏拍にアクセントが置かれる特徴的なリズムや、ギターの独特なカッティング奏法はもちろんなのですが、曲に込められたメッセージが特別で、一度聞いたら決して頭から離れることはありませんでした。
それから50年が経過した今でも、セントルシアを移動中のミニバスのラジオから、「エクソダス」や「ジャミング」や「ゲット・アップ・スタンド・アップ」が流れてくることがあります。熱帯海洋性気候のカリブで聴くボブ・マーリーは、温帯季節風気候のアジアで耳にするレゲエとは確実に一線を画しており、時の流れを全く感じさせず、色褪せることのない熱い響きが伝わってくるのです。やはり、本場の風土の中で味わう音楽は、料理やお酒などと同じで、何とも言えない粋があるのです。これまで、私の海外滞在は最長でも4週間でしたので、中々気づくことができませんでしたが、今回初めて海外暮らしをすることによって実体験することができました。音楽をはじめ、すべての文化は、それらが育まれた風土の中にいてこそ、その真価に近づくことができる、と。


他にも、ダンスミュージックやヒップホップなど、さまざまな音楽や文化が、ここセントルシアで愉しまれています。ところが、そのルーツを探ると、大なり小なりブルースに行きあたるのではないでしょうか。アメリカ南部の黒人コミュニティーに端を発するブルースは、人種差別に苦しむ中で、生活の辛さや心の痛みを音楽で表現しようとしたものです。この歴史を感じながら、耳にするブルースの重厚感は、まさに畏怖と呼ぶにふさわしい響きがあります。
そして、更に源流を遡るならば、スピリチュアルソング(黒人霊歌)やゴスペルに辿り着くことでしょう。奴隷制度の時代に、苦しい日々の暮らしの心情を歌にしたものであり、人々はキリストの言葉に救いを求めたのです。現実から逃避して、来世に希望を見出そうとしたのではないでしょうか。特に、ゴスペルはキリスト教プロテスタント系の教会音楽として生まれましたが、臨場感のあるコール&レスポンスや、独特なリズムを形づくるシンコペーションなどは、今も人々の信仰心を惹きつけ、その歩みを止めることはありません。
セントルシアンの日々の暮らしに音楽を欠かすことはできません。日本人の私も、毎日聴いていると、カリブのリズムが体に染み込んでいくのがわかります。もしかすると、刷り込みにも似た経験をしているのかもしれません。2年後、任期を終えて帰国する際には、間違いなくカリビアンリズム・ロスに見舞われることでしょう。そんな経験は、滅多にできるものではありません。もしそれが逆カルチャーショックであるならば、長い私の人生の中で、初めて経験になります。不思議なワクワク感が募ります。
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