2025/05/17 Sat
文化 食べ物
隊員Gのセントルシア日記_14 ~Deep in the Caribbean Sea~


私には、海外でのボランティア活動を志すきっかけを作ってくれた恩人がいます。もう四半世紀も前の話になりますが、ノブレスオブリージュを理念とする国際コースを、私が勤務する中高一貫校で新しく立ち上げることになりました。そして、当時の校長が、新コースの企画・推進役として、私を抜擢してくれたのです。それから長い年月が経過しましたが、国際社会で役にたつ若者を育ててきた私が、退職後にJICA海外協力隊への参加を決意したのは、とても自然な流れであったと言えるでしょう。
その元校長は、社会科教員でありながら、「うなぎ」の研究者です。個体や生態だけでなく、食文化や歴史にも大変興味があり、とても研究熱心な野心家です。その恩人に「カリブ海のうなぎは、まだ未知の研究領域なので、現地で色々と調べて、教えて欲しい。」と、特別なミッションを与えられたのです。セントルシアで「うなぎ」は食べられているのか?食べられているなら、それはイギリスの文化か、フランスの文化か、それともクレオールの文化か?食べられていないのなら、禁忌にまつわる言い伝えか何かがあるのか?本務とは何の関係もなく、しかも自発的な探究活動ではないのですが、なぜか渡航前から胸のざわつきを抑えることができませんでした。


渡航後しばらくは、異国での生活や、配属先での活動に慣れるのに必死で、中々「うなぎ」のことまで頭を回す余裕がありませんでした。ところが、ある日ランチを食べるために立ち寄った海鮮レストランで、画像にあるような竹細工の仕掛けを見かけたのです。「これだ!」私は、これこそは「うなぎ」を獲る仕掛けに違いないと考え、オーナー&シェフに尋ねました。すると、何と「これは、昔ザリガニを獲るために使ったものだ。」と期待外れの答えが返ってくるではありませんか。しかし、ここでひるむわけにはいきません。「うなぎは獲るのか?」「うなぎは料理するのか?」「うなぎは食べるのか?」と畳みかけました。すると「うなぎは釣り上げる。フライにして食べる。」と言うではありませんか。私は、「どうしても、うなぎ料理が食べたい。」「うなぎが獲れたら、すぐに連絡をくれ。」「連絡が入れば、すぐ店にやってくるから。」と、優先順位の高さをアピールして、レストランを後にしました。その後は、WhatsApp にもメッセージを残して、本気度を後押ししておきました。しかし、彼から送られてくるメッセージは、土曜の夜のパーティー・イベントのお知らせばかりです。私たちJICA海外協力隊員は、夜間外出を禁止されていますので、このイベントには参加できません。彼との信頼関係が徐々に揺らいでいくようで、心細い思いだけが次第に募っていきました。


そして、3週間後、彼から「うなぎが獲れた。明日の昼に店に来ることができるか?」と待ちに待った連絡が入りました。動画も添付されていましたが、よく見ると、皮膚の色は「うなぎ」なのですが、どうやら「うつぼ」のようです。もちろん、私も蒲焼きを期待しているわけではありませんでしたので、冒険をするつもりで、翌日約束どおりレストランに乗り込みました。すると、フライ、グリル、カレー、サラダなど、シェフおまかせの料理が、次から次へと並びます。聞けば、カリブ海深くで獲れた全長270cm、幅22.5cmの大物だそうです。大味かと思いきや、そこはシェフが威信にかけて、洗練された美味に料理してくれました。もしかすると、「Deep in the Caribbean Sea」というセリフや、「勇ましい動画」に酔いしれたのかもしれませんが、レストランの名が示す通り、カリブの海賊になった気分で、海のギャングを胃袋の中に収めました。
大西洋側のデナリーという町にも遠征して、漁港にいた漁師に「うなぎは獲るか?」「うなぎは食べるか?」と問いかけましたが、「うなぎは獲らない!」「うなぎは食べない!」という虚しい響きが返ってきました。どうやら、現地で「うなぎ」と言えば、「Moray Eel」と呼ばれる「うつぼ」を指すようです。そして、クレオールの文化として、カリブ海側の「うなぎ」が人々に食されてきたようです。正直、探究ミッションがここまで愉しいとは思いませんでした。恩師のおかげで、今回いろんなご縁に巡り合うことができました。特に、「Deep in the Caribbean Sea」のいのちとの奇跡的な出会いを忘れることはできません。感謝あるのみ。
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