2025/04/26 Sat
文化
隊員Gのセントルシア日記_10 〜French Culture〜


過日、料理隊員の調理実習指導の活動を見学しました。マルティニーク島(フランス領)からの短期研修旅行生が対象です。キッチン学科に所属する17歳の高校生ということで、将来はシェフを目指す生徒も多く、皆が真剣な表情で、日本食の巻き寿司づくりに取り組んでいました。聞けば、ホテル事業を中心にセントルシアの接客業が先進的なので、遥々学びに来ているのだと言います。料理隊員の周到な準備と、熱心な指導も素晴らしく、とても清々しいセッションとなりました。そんな中で、にわかに驚いたことがあります。セントルシア島民もマルティニーク島民も、同じカリビアンで外見上は全く区別することができません。ところが、話す言葉が英語とフランス語で異なるのです。神が怒って違う言葉を喋らせるようになったという、バベルの塔の逸話を、なぜか思い出してしまいました。歴史に翻弄された彼らの祖先の不遇に、心の痛む思いがするのは私だけでしょうか。


セントルシアでは、交易言語として、フランス語系のクレオール言語が使われてきました。イギリスとフランスの間で、過去に14回も宗主国が入れ替わったと言いますので、フランス文化の影響が残っていたとしても、至極当然のことだと言うことができます。そして、クレオール言語の中に生き続けるフランス語を、ノスタルジックな感覚で味わうことができるのです。JICA海外協力隊員は、現地到着後、配属先への赴任前に3週間ほどの語学研修を受けます。この時、私達は、英語と共にクレオール言語も学習したのですが、「ボンジュ」「ラプラス」「シャット」「シャポ」「トラバユ」など、馴染みのあるフランス語に出会うと、やはりワクワク感は募ります。
その後、私が活動するカレッジで、あるとき学生の質問に答えた後に「メルシ(ありがとう)」と感謝されたことがありました。美しい響きがありましたので、「今のは、フランス語?それとも、クレオール語?」と尋ねると、「両方です。」と一番嬉しい答えが返ってきました。またあるときは、「シャンテ(歌う)」という名のマドモアゼルがいましたので、「あなたの名前は、フランス語ですか?それとも、クレオール語ですか?」と尋ねました。すると、間髪を入れず誇らしげに「フランス語ですよ。」という答えが返ってきました。こちらは逆に、少し気まずい思いを隠すことができませんでしたね。


世界中の多くの例に漏れることなく、セントルシアンの心の中にも、フランス文化に対する敬慕の思いがあります。フランスが、革命によって民主共和制を実現した、自由・平等・博愛の国だからでしょうか。あるいは、フランスの宮廷文化のもとで培われた建築や美術や音楽や料理などが、憧憬を集めているからでしょうか。パリを占拠したナチスドイツが、歴史的価値にあふれるパリの街を焦土化することはできなかった史実も、フランスの魅力を如実に物語ってくれています。
典型的なアメリカ人であれば、間違いなく「Paris」は「パリス」と英語読みすることでしょう。しかし、ここセントルシアでは、英語が公用語であるにもかかわらず、数多くの人が「Paris」を「パリ」と発音するのではないか、と私は推測しています。どうしてかと言うと、例えば、「Gros Islet」「Soufriere」「Gros Piton」「Petit Piton」などの地名や固有名詞が、英語読みではなく、美しくフランス語読みされているのです。語尾に出てくる単独の子音や母音eが発音されることは、決してありません。もちろん、学校教育の中で、フランス語が必修科目となっている影響も大きいと思われます。しかし、それも国策と考えれば、やはり国民全体がフランス文化への敬慕の思いを有していると言えるのではないでしょうか。そして、その憧憬は、世代から世代へと密かに受け継がれているのです。
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