2025/08/13 Wed
文化 生活
隊員Gのセントルシア日記_30 〜No Trespassing〜


私は、配属先のカレッジの夏休み期間を利用し、バックパックを背負って、トレッキングの旅を楽しんでいます。これまでも、世界遺産の景色の中を歩いたり、熱帯雨林の植物相を楽しんだりしました。今回は、セントルシアの最北端の地に立ちたい、という一途な想いから、島の北部を目指すことにしました。ミニバスが唯一の公共交通機関ですので、バス路線以遠は歩く必要があります。地図上では4kmほど歩けば、最北端の地に到達できそうでしたので、見切り発車に近い形ではありましたが、意気揚々と居宅を後にしました。私は、根っからの冒険好きで、ストレッチ・ゾーン内のリスクは、切り抜けることを楽しむようなところがあります。決して真似はしないで下さいね。旅の準備は周到であるべきです。
セントルシアでバックパッカーを見かけることはありません。アジアでは、西欧人が家族や友人同士でバックパッカー旅を楽しむような風景に出くわすこともありますが、ここでは皆無です。トロピカルな気候が暑すぎて、歩いて移動など信じられないのでしょうか?車で移動すると見過ごしてしまうような風景を、徒歩だと足を止めてじっくりと味わうことができます。また、思わぬ出会いに恵まれることもありますので、私は歩いて旅をするのが好きです。現地の知人が自家用車で通りかかり「Do you need a ride?(車に乗るかい?)」と申し出てくれたとしても、「I enjoy walking!(歩くことを楽しんでいるよ!)」と返答すれば、気持ちを理解してくれますので、歩く文化がないわけではなさそうです。


ところが、島の最北部は、ほとんどが私有地で、ハイカーの立ち入る隙間がなかったのです。リゾートホテルがあれば高級コテージもあります。また個人の豪邸もあります。なんとか地図を見ながら前へ進もうとしたのですが、「No Trespassing(侵入禁止)」の看板があれば、公人である海外協力隊員は、それ以上中に入ることができません。セキュリティー担当者がいれば、「Right to Roam(歩く権利)」を主張するところですが、看板に話しかけることはできないのです。
島の最北端は、カリブ海と大西洋が出会うところです。荒涼感がありながらも、感慨深い景色が広がっているはずです。もちろん、北隣の仏領・マルティニーク島が最も近くに見える場所になりますので、想像力を掻き立てられる場所でもあることでしょう。そんな、誇らしい場所に、国民が容易に立つことができないとは、なんと残念なことでしょう。セントルシアのモットーは「The Land・The People・The Light」ですが、その光あふれる国民の大地が、観光業のための資源になってしまっている。誤解を恐れずにより踏み込んで言うならば、外国人やお金持ちが過ごす場所になっており、一般の国民は立ち入ることができない矛盾を抱えているのです。


今回は、北部のどの海岸線にも立つことはできなかったのですが、唯一カリブ海側に、足を踏み入れることのできるビーチがありました。心身ともに疲労感がありましたので、併設されているレストランで昼食を摂ることにしました。メニューを見ると、「Fish & Chips」が目に飛び込んできましたので、引き込まれるようにして、ソーダー水とともに注文をしました。確かに、贅沢なほどに、美味しい料理ではありました。サービスも心地よく、日常とは異なる、とてもゆったりとした時が流れました。しかし、代金は、私にとっては法外でした。これでは、一般の国民がやってくることはないでしょう。ここも、やはり実質上は、外国人やお金持ちのための海と大地となっているのです。
しかし、今回のトレッキングで、一度だけハイカーとしての私の「Right to Roam(歩く権利)」が認められる機会がありました。ある丘の北側斜面で工事が行われており、作業員に「ハイカーだけど、丘の頂上まで登りたいんだ!」というと、「こっちの方から行きな!」と、まるで当然であるかのように、認めてくれたのです。おかげで、丘の上から、島の北部全景を見渡すことができ、旅の終わりにとても幸せな達成感を味わうことができました。
階級社会である英国では、「Right to Roam((歩く権利)」が市民運動として盛り上がりを見せているとのことです。ここセントルシアでも、同じように社会的な意識が高まることを願います。光あふれる国民の大地は、ルシアン一人一人が慈しむべきものなのですから。
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