2026/01/14 Wed
文化
隊員Gのセントルシア日記_58 〜New Year's Day〜

私は、昭和生まれの日本人ですので、元日にはステレオタイプがあります。午前零時を過ぎた瞬間、まるで魔法をかけられたかの如く、空気が入れ替わったような感覚を味わうのです。やはり、幼少期の刷り込みの影響は大きく、夢見る頃を過ぎた今も、この感覚が変化することはありません。神道の影響でしょうか、それとも今は亡き両親の教えなのでしょうか。いずれにせよ、幸福感に包まれることに違いはありませんので、非常にありがたい話なのです。
今年2026年の元日は、生まれて初めて海外で迎えることになりました。カリブ海のビーチで、打ち上げられる花火を観ながら、シャンパンを掲げてお祝いする2026年1月1日午前零時となりました。ルシアン達に音楽は欠かせないのですが、さすがにこのときばかりは、私の心にも響く「蛍の光(Auld Lang Syne)」が流れていました。結論から述べると、やはり空気は入れ替わりました。まわりにいたローカル達がどんな風に感じたかは知る由もありませんが、少なくとも私の周囲の空気は入れ替わったのです。花火が打ち上げられるたびに、水面にもその鮮やかな花が映し出され、実像と虚像の相乗効果の美を心ゆくまで味わうことができました。アイデンティティー・クライシスに陥ることなく、日本人として元旦を迎えることができたことも相まって、とても幸せな気持ちになりました。

さて、日本における元日の恒例行事として、私は長年、初日の出を拝んできました。セントルシアにおいても、この習慣を途絶えさせたくなかったので、あらかじめ計画を立てて、元日の夜明けを迎えることにしました。場所は、毎週土曜日早朝にジョギングで訪れているVigie灯台。私が居住している首都カストリーズは島の北西部に位置していますので、カリブ海の水平線に沈む夕日を鑑賞するのには絶好のロケーションです。これに対して、大西洋の水平線から昇る朝日は、山にさえぎられて、味わうことができません。ところが、北部の山はなだらかで、丘と呼べるような高さですので、丘の間から昇る初日の出を拝むことは、十分できそうなのです。元日の日の出の予想時刻は、6時28分頃。従って、居宅を6時に出発して、約3.5km離れた灯台を目指してジョギングすることにしました。夜明け前ではありますが、薄明かりがありますので、なんとか懐中電灯なしで走ることができます。日本であれば、晴れか曇りか、初日の出を拝めるか拝めないか、大いに心配する時節です。しかし、ここセントルシアの1月1日は乾季のまっ只中ですので、幸い天候を心配する必要はありませんでした。もちろん、初日の出を拝む心は、日本においても、セントルシアにおいても、全く変わるところはありません。家族の健康と、JICA海外協力隊員の無事帰国を祈念して、初日の出に向かって静かに手を合わせました。

その後は、カストリーズ市内のローマン・カトリック大聖堂で行われた新年のミサに、ゲストとして参列しました。クリスマスのミサに続いて2度目でしたが、担当が同じ司祭でしたので、とても親しみが湧きました。こども達への語りかけが、特に秀逸で、教会が教育の場でもあることを、あらためて思い起こさせてくれる優しい司祭なのです。そして、今回は特に、2階で生演奏される教会音楽にも、とても惹きつけられました。大聖堂の音響効果が素晴らしく、19世紀末に建築に携わった大工たちの技術の高さを驚かざるを得ません。メッセージが歌声や旋律に載って、異教徒である私の心の中に飛び込んできて、感動を与えてくれるのです。「Angels We Have Heard on High」「O Come Let Us Adore Him」など、名曲の調べを忘れることはないでしょう。66年もの長い間、どうしてこんな素敵な音楽に出会わなかったのだろう、と考えると、恥ずかしいやら、悔しいやら、嬉しいやら、何やら複雑な気持ちになってしまいます。世界は広く、人々の文化は深いです。
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